第五百一夜『デジユッケ-paracide-』

 2023/11/14「夜空」「犠牲」「増えるトイレ」ジャンルは「純愛モノ」


 すっかり夜も更けた時刻の事、身の丈程もあるかまを手に持った農業従事者風の青年が屋外で月光の下、地べたに座って携帯端末けいたいたんまつを操作していた。

「このやり口、多分先輩せんぱいの営業だな。やっぱり先輩はすごいな……」

 農業従事者風の青年が眺めているのは、ソーシャルネットサービスと提携ていけいをしている料理レシピをせたウェブサイト。彼が感心している理由は、その料理レシピサイトの投稿にあった。


          *     *     *


『自宅で作れる美味しい豚ユッケ』

 自宅で作れる美味しいユッケです!

 とりユッケも美味しいけど、私は豚肉の方が好きです。

 生食なので、新鮮な物を選んで調理してください。


 材料

 豚肉加熱用 200グラム

 醤油しょうゆ 適量てきりょう

 野菜ジュース 10グラム

 ゴマ油 適量

 ニンニク ひとかけら

 卵黄 一個


 作り方

 豚肉を細切りにしたものに、他の材料を加えて混ぜるだけ!

 とっても簡単で、とっても美味しいです!


          *     *     *


 農業従事者風の青年が見ている料理は、確かに外見だけなら美味しそうに目に映った。だが、皿に盛られているのが火を通していない加熱用の肉で、それも豚肉だと思うとおぞましさが先行する。

 ひょっとしたらこの生の豚を食べてみたいと感じる、衝動的しょうどうてきな人間や無知な人間が居るかも知れない。そうなったらシメたもの、これを食べたおろか者は全身に寄生虫が回り、内臓機能不全ないぞうきのうふぜんを起こし、下痢げり嘔吐おうとが止まらなくなって死んでしまうだろう。

 彼は生の豚肉を食べ続けた人間が、脳やむねあしと言った主要器官をむしばまれて死んだニュースを知っており、この事に関しておどろきこそしたものの、感心はしていなかった事をじた。

 青年は死神だった。死神と言うのは比喩ひゆとか呼び名とか性質を表わす言葉ではなく、文字通りの意味だ。彼が手に持っている身の丈もある鎌も、命運が尽きた人間の命を刈り取る物だ。

「うん、このやり口は先輩に間違まちがいない。しかし先輩は本当にかしこくてスマートだな……」

 欲の張った無知で非常識ひじょうしきな愚か者をけしかけ、その結果雪ダルマ式に人間の命運を尽きさせて一気に刈り取る。これは彼にとって理想的で魅力的みりょくてきな手段で、同時に彼の抱く先輩像に合致した物だった。

「呼びました?」

 青年が背後から声をかけられて振り返ると、そこには燕尾服えんびふくに身を包んだ女性が立っていた。チョコレートの様な肌色で血色や肉付きが良く、肉感的なほおや口唇をし、一房にまとめた長髪ちょうはつが印象的な女性だ。

「呼んではいません。それよりも拝見しましたよ、この投稿って先輩の……先輩が誰かに書かせた物ですよね? 何というか、さすがです!」

 死神の青年は喜び半分羨望せんぼう半分と言った表情と態度たいどで、死神の女性に携帯端末で生の豚肉を見せる。

「何それ? 私、知りませんよ?」

 死神の女性は少しだけ驚いた色を見せ、しかしそれ以外の感情に乏しい様子で否定した。

「え? でも、これって前に先輩がやったのと同じ奴ですよね?」

 死神の女性は回想を行なう様に視線を左上のくうにやり、静かに口を開いた。

「ええ、似たような事はしました。ですが、豚肉の寄生虫なんか使いませんよ。だって寄生虫に脳味噌のうみそを食い破られた人間も居ますけれど、重篤じゅうとくなケースは習慣的しゅうかんてきに豚肉を生で食べていたおバカさん。それに、非常識な人間だけターゲットにするにしても、豚肉を生で食べる人間なんてほっといても死ぬ様なおバカさんは私が手を下したりしません!」

 死神の女性が語る様は声量せいりょうこそ控えめだったが、言葉の節々からは不服そうな様子が見て取れた。これがマンガならば、頬を真ん丸にふくらませ、まるでチョコレート味の丸ドーナッツの様に描写されていただろう。

「えぇ? 本当に先輩の仕業じゃないんですか?」

「しつこいですね……私ならそこら辺の人間をおどして、『死にたくないなら、乳幼児にハチミツを食べる様にはたらきかけなさーい』とか言います。こうした方が、おバカさん本人だけじゃなく、おバカさんの周囲の人間も害する事になりますからね!」

 悪い顔で邪悪な言葉を吐く死神の女性を前に、死神の青年は不本意ながらも納得した様に矛を納めた。

「そうですか……じゃあ、先輩の仕業じゃないなら他の死神の仕業でしょうか?」

 それに対し、死神の女性は要領の悪い後輩に溜息を一つ吐き、何か気づいた様子で持論を並べ始めた。

「そうですね……これって私の憶測に過ぎないのですが、多分これを書いているのは寄生虫本人じゃないでしょうか?」

「寄生虫本人?」

「ええ、さっき話して口の根が乾く間も無いでしょう? 毎日の様に豚肉を生で食べている人間が、脳味噌を寄生虫にやられる事もあるって。多分人間の脳味噌を乗っ取った寄生虫が、仲間を増やすために寄生虫を人間に食べさせているんだと思います」

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