第四百八十八夜『お腹いっぱい満足するまでサイコロステーキを-corporate endeavor-』

2023/10/30「赤色」「鷹」「新しい殺戮」ジャンルは「指定なし」


 日唐にっとう株式会社から待望の新商品が発売した。その名も『肉たっぷり醤油しょうゆヌードル』!

 日唐の即席めんはどれもクオリティーが高く、味も良く、しかも具たくさんと評判だ。今回出た肉たっぷり醤油ヌードルも大量のサイコロ状の肉が乗ったカップ麺で、見るからに魅力的みりょくてきな商品として目に映った。

 何せ、カップを開けば一面のサイコロ状のフリーズドライ肉がき詰められている。下の乾麺が見えないからこそ、このカップ麺はそれだけ肉がたくさん入っていると話題性があるし、購買意欲こうばいいよくもムクムクと湧き上がると言う訳だ。しかも値段もお手頃で、トッピングのりょうや味やクオリティーは勿論、付属のたかの爪パウダーを振り掛けて飲むスープも絶品な上、しかもビックリする程安価と来たものだ!

 しかしこのカップ麺の味、肉の量、値段、はどうやって実現しているのだろうか? きっと想像も出来ない様な秘訣ひけつの元に大量生産している事は想像できなくもないが、しかしどうしてもこの味と量と値段は信じられない。

「きっと信じられない様なすごい秘密があるにちがいない!」

 私はそう考え、日唐の工場に忍び込む事にした。別にアポイントメントを取り付けて取材をしてもいいかも知れないが、企業秘密となれば公開出来ないと見せてはくれないだろう。それに何より、これが公益に反する様な行為……例えば日唐株式会社は有害物質を用いて即席麺を作っている等の秘密の元に作られているならば、これは暴かれなければならない!

 故に、私は日唐の工場へ忍び込んだのは正義感せいぎかんからである! 決して下世話な好奇心や、俗悪な野次馬根性から不法行為に及んだ訳では無い!


 日唐の工場への潜入せんにゅうは思いの外、簡単に事が進んだ。まるで、外から侵入者が来る事を全く警戒けいかいしていない様にすら感じられた。ひょっとしたら、外から取材に来る人が多い等の理由が有り、最低限の警備けいび以外は必要無いと言っている様にも感じられた。

「なんだ、あれは……ひょっとして、肉たっぷり醤油ヌードルの正体はアレなのか?」

 工場の内部で、私は信じられない光景を見た。本物のサイコロステーキが工場で流れている、それもレストランで見る様な本物のサイコロステーキがステーキ皿に乗ってだ!

 ベルトコンベアに乗ったステーキ皿は、皿に乗っているサイコロステーキがロボットアームでこまかくカットされ、ステーキ皿から細かくなったサイコロステーキはカット用とは別のロボットアームで回収された。恐らくあの細かくなったサイコロステーキはフリーズドライされて肉たっぷり醤油ヌードルに使われるのだろう。

 なるほど、日唐のカップ麺に使われているのは本物のサイコロステーキだと言う事が分かった。通りで日唐のカップ麺の肉は美味しい訳だと、そう納得は出来る。

 納得は出来るがしかし、味とクオリティーの理由は分かったし、ともすれば量に関して納得したとも言えよう、しかしあの値段に関しては理解出来ないままだ。そもそもカップ麺に本物のサイコロステーキなんて使ったら、それこそ赤字になるだろう。

「本物のサイコロステーキを大量に仕入れているから安いと言うのは分からなくもない……だが、それでもあの値段と言うのは何か秘密があるに違いない!」

 私は、サイコロステーキが運ばれていたベルトコンベアを更に調べる事にした。

 どうやらベルトコンベアは別の部屋へとつながっている様で、サイコロステーキが取り除かれた、添え物のニンジンとポテトとインゲンだけになったステーキ皿はその先へと運ばれていた。

「こ、これがひょっとしてあの価格の秘密か!?」

 部屋の向こうには、一種の地獄じごくが展開されていた。いや、地獄と呼ぶには生ぬるいのかも知れないが私の眼には地獄と呼んで差し支えない様な光景だった。

 部屋の中では、日唐の社員とおぼしき人々が延々とを黙々と食べていた。何せステーキ皿にステーキが乗っていない物が運ばれてきており、社員らしき人々はそれを食べているのだ、地獄と呼んでもよいだろう。

「そうか、日唐の社員食堂は大量生産したサイコロステーキの残りを出しているのか! これが日唐の秘密に違いない!」

 この様子を見るに、恐らくあの社員達は社員食堂で強制的にステーキを注文させられて、その上で肉抜きのステーキを食わされているのだろう。今日こんにちのパワーハラスメント系のスキャンダルとも勝らずとも劣らぬ醜聞しゅうぶんだと言えよう。

「これはすごいぞ! しかし私が不法侵入したとバレても問題だし、これはタレコミを入れて工場を誰かに調べさせるべきか。これはいかなる組織そしき管轄かんかつか、パワハラ騒ぎなら公安よりもマスメディアか、何かしらの情報誌が適当てきとうか……」

 その時である。私の周囲はロボットアームが駆動する機械音きかいおんが絶えず聞こえていたのだが、それに加えてガチャリと重たい金属音が聞こえて、足首に違和感が走った。

「え?」

 振り返ると、自走式のロボットアームが私の両足にかせめていた。何と言う事だ、窓の向こうの異様な光景に気を取られ、平時から周囲から駆動音が聞こえるから背後からロボットが走り寄った事に気が付かなかった!

『こんな所に居たか! 早急にステーキを食べる作業に戻るのだ!』

 違う、食堂に居るのは社員ではない!

 ロボットが発する電子音からなる指示を聞き、私は確信した。いや、社員も居るのだろうが、あの空間に居るのは本質的には社員ではない。あれらは奴隷どれい捕虜ほりょに間違いない! こうしてから忍び込んだ侵入者を名目上社員として扱い、例のサイコロステーキのステーキ抜きと言う形で肉抜きした薄給はっきゅうでコキ使い、あのカップ麺の値段と量と味とクオリティーを実現しているのだ!

 恐らく、警備が手薄で侵入が容易な工場は、侵入者を招き入れ、こうしてロボット捕獲者ほかくしゃが逃げない様に目を光らせる、入ることは容易だが出ることは困難こんなん構造こうぞうにしているのだろう。

「くそ! どうにかして逃げ出し、この事実を公表しなくては……」

 しかし私の両足には枷と鎖がつなげられており、まともな歩幅で歩く事もままならない。どうやら私は一生、この工場で薄給の強制労働きょうせいろうどうをさせられる事になる様だ……


 * * * 


 スーパーマーケットで、親子連れの客がカートを押しながらインスタント食品のコーナーのたなで商品を物色していた。

「見てママ、今日発売の日唐の新しいラーメン!」

 子供が商品棚の脇に設置してある小型モニターを指差し、興奮こうふんした様子でコマーシャルを眺める。

「日唐のラーメン大好き! なんで日唐のラーメンてあんなに美味しいの?」

 母親は興奮した子供をなだめながら、こう言った。

「それはね、企業努力をしているからよ」

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