第四百八十六夜『まだ伝わっていない英雄譚-It’s a date-』

2023/10/28「林」「銅像」「残念な魔法」ジャンルは「純愛モノ」


 ある雑木林の元にちょっとした広場があり、そこには立派な銅像が立っていた。

 しかし奇妙な事に、誰もその銅像が何をした人なのか知らないし、この銅像に関するインフォメーションなんて気の利いた物も無い。故に、地元の人達は銅像を『名無しのジョン』と呼び、待ち合わせの目印にした。

「じゃあジョン像の前で」

「分かった、名無しのジョンの前な」

 地元の人達にとって、この銅像の人物はそれが全てであった。

 勿論地元に得体の知れない銅像があったならば、役場が撤去てっきょする事もあるだろう。しかし第一に、この銅像は別段不格好だったりみにくい訳で無し、何とも言えない魅力みりょくがあって撤去しがたいのだ。そして第二に、単純に銅像はちょっとした大きさで撤去するには人手や道具の数々が必要そうと言う事か。

これら二つの理由から、『撤去てっきょなんて金や手間がかかる事をするならば、いっそ広場のランドマークとして遊ばせておいてやれ』それが地元の人々の総意であった。


 ある時、名無しのジョンについて歴史や民話に詳しい知恵者が訪れて来た。しかし名無しのジョンは名無しのジョンであって、知恵者が調べても名無しの何某なにがしと言う事しか分からなかった。その様子は、まるで最初から名無しの人間として作られたとしか思えなかった。

 他にも、名無しのジョンは見る者を優柔不断ゆうじゅうふだんにする力を持っているのではなかろうかと言う雰囲気を有していた。

 まず名無しのジョンは宝石をはめた杖の様な物を手に握り、三角帽子を被っている。この事から、名無しのジョンは童話に出て来る様な魔法使まほうつかいだと主張する人が居た。

 しかし名無しのジョンが被っている帽子はこの地方に古くから使われている一般的な旅装であり、手に持っているのも旅装の杖だと思われる。宝石をはめているのは、旅で通貨が使えない時の備えにちがいない! そう反対する人も居た。

 またある人は、この杖の様な物は構造こうぞう一般的いっぱんてきな杖とは異なっている。これはきっと一種の仕込み杖で、名無しのジョンは戦士階級の人間の可能性が大きい。そう反論し、疑わなかった。

 いやいや、わざわざ名無しと名乗っているのだ、きっと訳アリの人物に相違ない。多分犯罪者か身分の人間かも知れない……

 いいや、そんな事よりきっと……

 喧々諤々けんけんがくがく会議かいぎは踊る、されど進まず。そんなこんなで、人々にとって名無しのジョンは名無しのジョンであり、それ以外の何者でもなかった。


 ある日、その村に占い師の女性が訪れた。占い師として必要な資質な能力を持っている様に見える、即ち何でもお見通しだと言う態度たいどと充分な演技力を有した、すみを垂らしたような黒髪くろかみ特徴的とくちょうてきな女性だった。

 占い師とは、何でも知っているかの様に振舞う事が求められる職業しょくぎょうである。即ち、誰も知らない事をもっともらしく言い張る事が仕事だとも言い換えられる。

「それでは、あなたはあの名無しが何者かを本当にご存知なんですね?」

 村人の質問に対し、女占い師は特に困惑も何もせず、常識を口にするかの様な態度で答えた。

「ええ、私は名無しのジョンが何者か存じております」

 これには村人も表情を明るくした。この占い師が真実を知っているかは定かではないが、何かしら聞かせてもらえると思うと、パッと表情も明るくなると言う物だ。

「あれは、この村にこれから伝わる英雄の姿です。嘘だと思うのならば、また明日ここへ来てくださいな」

 女占い師の自信満々の断言に対し、ある人は納得をしてひざを打った。ある人は『未来の出来事ならば仕方が無い! これは一本取られた!』と喜色をあらわにした。ある人は女占い師の言葉に呆れ、すっかり熱を失って家へと帰った。そしてある人は女占い師の言う事を疑い、或いは本気にしてしまった。


 そしてその翌日、村人達は女占い師の元を訪ねようとしたが、当の女占い師はもぬけの殻、きりかすみか消えてしまっていた。

 全く、いい加減な占い師だ! 村の人達は呆れたりいきどおったり、名無しのジョンの事を何でもない人物だと再確認した。

 何せ、彼は名無しのジョンより上でも下でもないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る