第四百八十四夜『ドングリだって生きている-BEAR UP!-』

2023/10/26「砂」「リンゴ」「見えない才能」ジャンルは「大衆小説」


 街である集団がプラカードを掲げ、募金箱ぼきんばこを提げ、大音声だいおんじょうを挙げて行進していた。

「「ドングリを集めてクマとの共存をしましょう! 私たちはドングリを山に置き、クマと共存する運動を行なっています! どうかみなさん、クマとの共存のため、募金をお願いします!」」

 周囲の人々はこれをバカバカしく思い、胡乱うろんなものを見る目で見ていた。

 ある人は小馬鹿にした態度たいどで連れに対し、クマが人里に降りる原因の大半はクマが増え過ぎてえさが不足している事、自然状態でクマが飢えて数がらないとむしろ山を下りるのだと語り合った。

 ある人は、クマに人間の匂いのついた餌を与えては、それこそクマが人里に現れる原因になるのではなかろうかと危惧きぐをした。

 またある人は、人の手で集めたドングリをどれだけクマに与えればクマが満足するのかと疑問に思った。

 これらの人々はコソコソ話をしたり、疑問に思うだけであり、つまり正面から反論する事はしなかった。面倒で厄介で面倒臭い人間が、面倒で厄介で面倒臭い事をしているから、関わり合いになってはいけない。そんな認識にんしきで居たという訳だ。

 しかし、そうではない人達が居た。

「「クマに食べられるドングリの気持ちになった事はあるのか! ドングリだって生きている! ドングリだって本当は樹木じゅもくになりたがっている! それなのにドングリを集めてクマの餌にするだなんて、言語道断だ!」」

 これには周囲の人々は勿論、クマとの共存を主張する人々も呆れ果てて閉口した。確かにこのドングリを庇護ひごしようとする人達の主張そのものはあながち間違まちがってはないだろう、植物にだって感情はあると言う仮説は有名であるし、果実が生育して樹木になるのは自然な事だし、そもそも果実もまた生物である事は誰もが知っている。

 しかしドングリなんてものはこの国では人間は口にしなくなって久しいし、別段絶滅ぜつめつの危機にある訳でもない。その様な植物の庇護運動をするなんて、周囲の人々からしたら非現実的な集団としか感じられなかった。繰り返すが、これがリンゴやジャガイモの様に人間のかてとして知られる植物や、ウルップ草やイヌノフグリの様な絶滅危惧種ならば、また異なる集団に見えるだろう。

 結果としてドングリ庇護集団はクマ共存集団や周囲の人々から見て、非現実的で無意味でどうでもいい事を主張する、面倒で厄介で面倒臭い呆れた集団として映った。

 しかしその様な主義主張しゅぎしゅちょうで止まる様ならば、クマ共存集団はクマとの共存のためにドングリを集めるための募金等と言う面倒で厄介で面倒臭い事を掲げて市中を行脚あんぎゃ等初めからしない。彼等にとって、自分達は不退転たる聖者の行進なのである。

「「クマ達の安眠を妨げる、社会悪共め! 恥を知れ」」

 そう言って、クマ共存集団達は手に持ったプラカードでドングリ庇護集団を殴りつけた。すると、ドングリ庇護団体も何をすると言わんばかりに反撃はんげきに出たり、或いはプラカードをうばい取ってクマ共存集団を殴りつけたりした。それを見ていた周囲の人々は面白がって警察けいさつに通報する事もせずに、携帯端末けいたいたんまつでこの一連の応酬おうしゅうを写真に撮ったり映像に撮ったり、個人の放送で流すばかりであった。


 場所は街をはなれて、近くの山。土はしっかりとしっとりしており、カシの木が生育し、動物が生息しており、立派な生態系を形成していた。これで土がせていたり木々の本数が少なかったりしたならば、洪水や土砂崩れの恐れも大いにある砂上楼閣ろうかくなのだが、特にその様な事も無く動植物は十全に暮らしていた。

 そんな豊かな山で、一匹のリスが落ちていたドングリを拾った。

 リスはドングリをその場で食べず、後で食べようと思い、土の中に埋めた。穴を掘り、ドングリを土に埋め、葉っぱでおおいもして完璧かんぺきだ。

 しかし、リスと言うのは物覚えがあまり良い生き物ではない。この様にドングリを埋めても、埋めた場所や埋めた事実を忘れてしまい、そう言ったドングリがカシの木に成長する。

 何せドングリとリスと言うのは、自然と言うのはそう言う風に出来ているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る