第四百八十二夜『病みつきになる世界-get smoked-』

2023/10/24「虹」「笛」「業務用の世界」ジャンルは「王道ファンタジー」


 ある男が安楽椅子に座ったままパイプをふかしていた。パイプからはピンク色の煙が立ち上り、男はとろんとした表情を浮かべて恍惚こうこつしている。


 実は彼は現皇帝の叔父の娘の弟の姉の子供、いわば皇帝の親戚しんせきでロイヤルファミリーなのである。

 彼はパイプをふかして浮世から意識いしき剥離はくりさせ、召使いに全てを任せてゆったりと安楽椅子にくつろいでいると言う訳だ。

「しかしひまだな、何か面白い番組はやってないか?」

 彼がそう口にしたら、勝手に大型モニターに灯がともる。何せ彼はロイヤルファミリーなのだから、大型モニターが家にあって当然だし、音声認識機能きのう付きの電化製品でんかせいひんも完備しているに決まっている。

 一人でに点いた番組の内容は刑事ドラマで、遊園地を舞台に不可能犯罪を刑事が解決しようとしているところだった。

 しかしこの刑事ドラマ、主演の刑事役がなんとパイプをふかした男性と同じ顔をしている。そう、彼は王族であるだけのみならず、今をときめく名俳優めいはいゆうでもあるのだ!

 ドラマの中でパイプをふかした男性は渋くも魅力的な名演技を見せ、着実に手掛かりから犯人を追い詰め、そして犯人に説得を試み、説得が無駄むだと悟っても尚犯人を拘束しながら相手に反省を促した。

「うむ、我ながら素晴らしい演技だ。惚れ惚れする様なセリフ回しだな」

 パイプをふかした男性が番組を観ていると、突如外で爆発音が起こった。何事かと周囲の召使い達は心配そうな様子を見せるが、彼は落ち着き払っていた。

 何を隠そう、パイプをふかした男性は超能力者であり、壁の向こうを透視する力を持っていた!

 部屋から爆発音の発信源を視たところ、黒焦げたかべを背に、警察官けいさつかんが若者相手に大捕り物を繰り広げていた。様子から見るに、超能力に目覚めて気を大きくした若者が火遊びかテロを働き、それが露見ろけんしておなわになったのだろう。「全く、どうしようもない社会悪だ」とパイプをふかした男性はやれやれと溜息を吐いた。

「お巡りさんが優秀ゆうしゅうで良かった、我が国の治安は安泰だな」

 そう周囲に言い聞かせる様に独り言を言うと、その時パイプをふかした男性はその超感覚である情報をキャッチした、平たく言うと第六感と言う奴である。

 この様ないやな悪寒は即ち、傍観ぼうかんしていたら事件が広まって大事になると言う気配だ。彼の第六感はそれほどまでに精密せいみつなのである。

「すまない、ちょっと世界を救って来る!」

 そう言ってパイプをふかした男性は文字通り部屋を飛び出した。彼には地上からはるか上に位置する住居から飛び降りて無傷であるなど朝飯前なのである。

 地をり、空を駆け、パイプをふかした男性は彼が第六感で突き止めた事件の現場へと馳せ参じた。

「何と言う事だ……スーパーマーケットがゾンビの巣窟そうくつになっている!」

 スーパーマーケットの内部では、商品棚しょうひんだなにあったであろう野菜がゾンビと化して客達をおそっているではないか!

 痛ましい事だ、そしておぞましい事でもある。パイプをふかした男性はこれを打破せん為に拳をかまえ、ゾンビ野菜共の群へと飛び込んだ。


 ある男が安楽椅子に座ったままパイプをふかしていた。パイプからはピンク色の煙が立ち上り、男はとろんとした表情を浮かべて恍惚している。言うまでも無く、ロイヤルファミリーで名俳優で超能力者の正義のヒーローだなんて、そんなバカバカしい存在は現実には存在する訳が無い。

 彼は現実が辛く、現実に居場所が存在しないため、こうして無聊ぶりょうべく医療用いりょうようの薬品を幻覚剤として服用している。無論むろん薬物濫用らんように相当するが、彼の周囲にはそれを咎める人間等存在しない。

(しかし殿下でんか、あまりその様なお薬の飲み方はやめた方がよろしいかと……)

 パイプをふかした男性の周りには召使いが大勢おおぜい居たが、その様な目で彼を見るだけで口をつぐんだまま。

 パイプをふかした男性はこうして皇室で悠々自適に生活しているものの、突然皇族の一員だからと皇居へ連れて行かれて生活環境が変わってしまい、今となっては身の振り方が分からずに全てが空回りしている。

(初めは夢のようだと思ったが、夢のような現実と言うのは存外つまらんな……)

 彼は夢の様な現実から目を背け、夢の様な夢を見るために再びパイプを口に咥えた。

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