第四百八十夜『スケベ覗き見今昔-Peeping Tom-』

2023/10/22「土」「狼」「おかしな小学校」ジャンルは「ラブコメ」


 私はいわゆるラッキースケベと言う物に思うところがある。

 別に、全ての創作物にラッキースケベをせるなとは言わない。しかしラッキースケベは制裁が有って完成するものだと考えており、ラッキースケベの後に不埒ふらちな登場人物が何の仕置きも受けないのは理解に苦しむ。


 例えば、未来から猫がタイムスリップしてくる話で、小学生の少年がラッキースケベの後に折檻せっかんをされないエピソードがきらいだ。その様なエピソードをると、喉に魚の骨が残った様な、画竜点睛がりょうてんせいを欠いた様な感覚に陥る。

 ここでラッキースケベの小学生がビンタの一つをもらったり、タライを頭部に食らったり、落とし穴に落ちたりすれば溜飲りゅういんが下がる以前にオチが着いた、最後まで読み切ったと言う感想に辿り着く。尻切れトンボとヘイトコントール不全は、オチの無いマンガと同じ物なのである。

 別にこれはマンガに限った話ではなく、マンガが歴史に登場する前からのぞき見をはたらくスケベと言うのは、それこそ神代から相応のペナルティーを受けると相場が決まっている。


 十一世紀のイギリスの伝説では、チョコレートで有名な夫人の裸を覗いた一人の男が登場する。この男は天罰が下って目がつぶれたとも、この事を自慢じまんした事が原因で人々から私刑にって目を潰されたとも言われている。

 この伝説にのっとれば、十一世紀のスケベは失明するのが応報刑として適切だと言えよう。これが適切か不適切かはともかく、伝説を語ったり聞く人々にとっては失明こそが応報として適切と言う認識にんしきだったと言えよう。

 それに比べて、二十二世紀の猫とその相棒は、覗き見をしてもタライをぶつけられる程度が適切な応報刑であるかの様に描かれている。十一世紀の年月が、覗きに対する応報を軟化したと強弁すべきか、それとも夫人を邪な目で見る不貞のやからと言うのが要点と言うべきだろうか。


 更に時代をさかのぼると、覗きに対するペナルティーは遡った時間と共に更に苛烈となる。

 神代のある狩人はダイアナと言う女神の水浴びを見てしまい、神罰でシカに変えられてしまった。

 この神話は狩人が死の運命に手繰り寄せられた不幸な事故とされる事も多いが、その一方で異説も多い。ある異説では、傲慢ごうまんな狩人がダイアナを軽んじる言動を常日頃繰り返しており、いざ体面した際に女神の怒りに触れたと言う物がある。また別の異説では、狩人は女神の美貌びぼう魅了みりょうされ、恍惚こうこつのあまり女神に乱暴を働こうとしたとされている。

 とにもかくにも、狩人は女神にシカに変えられてしまうのだが、ここからがこの神話の要点。

獲物えものが居る!)(噛みついて逃げられなくしろ!)(ご主人! シカ見つけた!)(ボスが知ったら喜ぶぞ!)

 狩人は彼が飼っている猟犬におそわれて死んでしまった。この事は不慮ふりょの事故ではなく、女神もり込み済みだと神話では語られている。何せ女神の水浴びを覗いたのだから、夫人の裸を覗いたりラッキースケベでパンツが偶然見えたのとは別件だ。

 この様に、時代を遡る毎に覗きは用件そのものが大仰な物を例に挙げられており、大仰な内容なのだから応報もまた大仰になっている。なるほど、二十二世紀の猫の話でラッキースケベに対する応報が軽かったり、或いは応報が存在しないのは判例法が充実していき、違法性や正当性、可罰と言った考え方を詳細に記述した歴史の積み重ねと言えるかも知れない。


 ところで、私がラッキースケベが罰せられない事が嫌いな理由だが、もう一つある。

 私はその昔、外国まで別れた元妻に復縁する様に頼みに行った事がある。そのとき元妻は身支度をするから待ってくれと頼んだが、私は余りの身支度とやらの長さにしびれを切らしてこれを覗いてしまった。

 これが良くなかった。私が見たのは、世にも恐ろしい元妻のすっぴんだった。

 私は恐ろしさの余り息を飲み、空気のれる音が小さな叫び声となって自分の耳に届いた。その声に反応した妻がこちらに気づき、私が覗きを行なった事、私が元妻のすっぴんに恐れを抱いた事、私が今正に逃げようとしている事に怒りの色をあらわにした。

 正直に言うと、私は元妻の顔を見て反射的に臆病風おくびょうかぜに吹かれた。別に元妻が怒ったから逃げた訳では無い、でも妻が恐ろしい表情で凄んだから逃げたと言う事にしておいた方がまだ体面がマシなので、そう言う事にしておく。

「ば、バケモノ!」

 私は恐ろしくなって、その場から全速力で逃げ出した。後ろからは元妻の従者が追いかけて来たが、自慢ではないが私の逃げ足は当時の日の本一レベルと言っても過言ではない。

 後ろから聞こえる元妻の怨嗟えんさの叫びを背に、私は国境まで逃げおおせ、それ以降元妻と顔を合わせた事は無い。


 簡潔かんけつに言うならば、私は覗きをした結果死ぬ程恐ろしい目に遭ったのだ。他の覗き野郎共も、死ぬ程恐ろしい目に遭ってもらわないと溜飲が下がらない。

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