第四百七十夜『マンガがもたらす悪影響に関する提言-almighty feeling-』

2023/10/12「前世」「地平線」「おかしな記憶」ジャンルは「スイーツ(笑)」


 マンガを読む事は子供に悪影響あくえいきょうしかないと言う意見を度々聞く。

 なるほど、例えば前世が……来世が……と言う話に影響を受けた人間が自殺を試みると強弁は出来るかも知れない。

しかしこれは言うまでも無く杞憂きゆうであり、もっと言えば歴史や現実が見えていない頭の悪い人間の世迷い事でしかない。

 この理屈通りであれば、世には愛や平和を訴える作品は多いが世界平和が実現していないと言う矛盾に行きつく。

 加えて言うと、昨今は前世や来世を大いに語る作品は多いが、自殺者数は作品の流行と遷移せんいは大きく増えてもってもいない。更に、前世や来世がキーワードとなる冒険活劇ぼうけんかつげきや悲恋は江戸時代から見られるが、記録に残っている自殺者は前世や来世にまつわる創作が活発だった江戸時代の方が少ない。繰り返すが、前述の様に現代に入って前世来世が流行ったり廃れたりを繰り返したが、自殺者は大きく変動しないのである。

 故に、創作物が世に悪影響をもたらすと本気で唱えている人が居るならば、その人は数字が読めず、歴史書が読めず、更には実際にその創作物も読めない文盲である故、温かい目で見守ってやることが推奨すいしょうされる。


          *     *     *


 XXXX年某日、青少年に悪影響が認められる有害図書を取り締まるコミック倫理規定法が制定された。同法は連邦議会上院委員のつるの一声で可決され、以下の要素を含むマンガは連邦の全ての書店で取り扱う事を禁止された。

・一つ、全てのマンガは公序良俗に反する全ての描写を禁ずる。

・一つ、全てのマンガは暴力行為を推奨する事、暴力行為に対して模倣もほうの念を覚える様な一切の描写を禁ずる。

・一つ、全てのマンガは犯罪に憧憬どうけいの念や共感を覚える一切の描写を禁ずる。

・一つ、全てのマンガは犯罪者を魅力的に描写する事を一切禁ずる。

・一つ、全てのマンガは犯罪や犯罪者を描写する際には、それらが勝利するシナリオを一切禁ずる。

・一つ、全てのマンガは恐怖、狂気、またはそれらに準ずる単語の使用を禁ずる。

・一つ、全てのマンガは性倒錯者、小児性愛者、同性愛者、またはそれらに準ずる描写の一切を禁ずる。

・一つ、全てのマンガは有色人種の主人公を一切禁ずる。


 無論反発は大いにあった。しかしこの様な法を制定する人間に倫理観を求めるのはブタに空を飛ぶことを要求する様な物であり、反対運動が起ころうが暴動が起ころうが『ほれ見た事か! 自分たちの決断は正しかった!』と言う顔をするだけ。

 逆にマンガ家達は『なんだ、そんな事でいいのか』とつまらなそうな顔で、どこ吹く風で普段通りに作品を描いていた。

 ある人はモノクロームの絵を描き『この作品の主人公は色をってないので有色ではない』と言い張った。

 ある人は性的な絵を描き、第三者が無断で拡散する様に誘導ゆうどうし『私は自分で絵を描いたが広めつ積もりは無かった、しかし赤の他人に勝手にアップロードをされていて、被害者は自分の方だ』と言い張った。

 ある人は書店に本を置く事を許可されないと言われても気にせず、これまで通り電子書籍でんししょせきの雑誌にマンガを入稿した。

 ある人はコミック倫理規定法を幸いと捉え、新聞に風刺マンガを投書した。新聞社に圧力がかかったならば、それこそ狙い通りと言う物だ。

 そして、ある人はコミック倫理規定法を見て新連載しんれいさいのキャラクターの肌を緑色に塗った。それから……


 コミック倫理規定法が制定されて、マンガの流行や雛形ひながたは少々変わった。少年誌の主人公は大抵非現実的な肌色の正義漢になり、悪をくじいて弱きを助けるのが王道的な類型と言う風潮がまかり通る様になった。それと同時にコミック倫理規定法が暴力を禁止するのだ、少年誌の定番は異能力戦闘となり、武侠作品は物理法則から大きく逸脱した物となった。何せ、人間はすぐマンガに影響を受けるものなのだから仕方がない。

 その様な流行や風潮から、小さな子供は物理法則から大きく逸脱したトンでも武術をマネし、結果としてケガを負ったり命を落とすケースが増えたが、コミック倫理規定委員会様が制定なされた結果なのだから、何も不都合は無い。

 繰り返すが、人間はすぐマンガに影響を受けるものなのだ。結果として多くの子供が異能力や超能力に目覚めたが、コミック倫理規定委員会閣下の判断なされた事なのだからこの様な事態じたいであっても何も不都合は無い。

 再三再四に渡って繰り返すが、人間はすぐマンガに影響を受けるものなのだが、それ以上に力と名の付く物を手に入れたら振るいたくなるものなのだ。超能力に目覚めた子供達は互いに相手を傷つける事件が頻発ひんぱつした。その結果として、今では誰もが相手の機嫌きげんを損ねたら最悪高濃度のうどのチェレンコフ放射、マシな部類で人間大の鉄塊が衝突して来る様な社会が訪れた。即ち、全ての人間が冷戦状態の様になり、いざこざは減少した。

 全くもって、全てはコミック倫理規定委員会猊下げいかのお陰様である。

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