第四百六十八夜『種も仕掛けもある魔法-There are no secrets or tricks.-』

2023/10/10「紫色」「兵士」「危険な恩返し」ジャンルは「童話」


「さあごらんあれ! 種も仕掛けもございません!」

 ある幻想的な城下町の街角、昔ながらの伝統的な魔法使いの衣装に身を包んだ青年が居た。昔ながらの伝統的な魔法使まほうつかいの衣装と言うのは皆さんご存知の通り、すそが地面を引きずるパジャマの様な布地たっぷりの紫色のローブであり、そで部分も腕をおおって余る程で袖をまくらねば手も見えず、加えて勿論伝統的な魔法使いの帽子も外せない。

 伝統的な魔法使いの衣装に身を包んだ青年は手品師と名乗っていた。故に、一応手品師と言う事になっている。

 しかし、魔法使いの衣装の青年の手品の評判は鳴かず飛ばす。一昔前は彼が手品を行なえば、街の人々は興奮こうふんして彼をめ称え、彼のふところには少なくいが舞い込んだ。

 魔法使いの衣装の青年の手品が受けない理由はいくつかあるが、最大の理由は衣装に外ならない。青年がだぶつく袖の中から花束を出そうが、大きな帽子の中からウサギを出そうが今では誰もが拍手の一つもしやしない。何せあまりに大きくて不自然で布の余ったこの衣装、街の人々は仕込みがしてあると疑うのも当然だ。

 今や魔法使いの衣装の青年の手品を見ているのは、仕事の一環として視界に居るからと言うだけで門の前に立っている衛視えいしだけ。街の子供など、近寄りもしなければ視線の一つもやりはしない。

「種も仕掛けもございません!」

 魔法使いの衣装の青年はそう言うが、誰もそんな言葉は信じない。そして事実、彼の手品には種も仕掛けも存在していた。

 実は魔法使いの衣装の青年は手品師ではなく、本物の魔法使い。彼は手品なんて器用な事は出来ず、魔法で実際に花束やウサギを取り寄せていただけに過ぎない。

 ならば何故、布が余った衣服や帽子を身に着けて、下手な手品師の様なマネをしているのか? まず第一に、これは伝統的な魔法使いの衣装だからと言う他ならない。では何故伝統的な魔法使いの衣装は布地が多いのかと言うと、それは魔法使いの衣装には魔力がたっぷり帯びる仕組みだからである。

 冬に静電気せいでんきが走る事が多いのと同じで、布地が多い服が帯電したり放電する様に、布地の多い服は魔力を帯びる容量にすぐれており、魔法使いはこの衣装だからこそ魔法を使えると言うカラクリだ。

(あのおじさん、まーたインチキ手品やってるよ)

(ずっとバレバレな手品してるなら、もっと他の手品師みたいにシュッと細い服でやればいいのに……)

(ヘタクソ)

 街の人々はそうコソコソと悪評を口にする。しかし彼は魔法使いとしては凡人も凡人、魔法使いの衣装無しではせいぜい裸一貫相応の魔法しか使えず、平たく言うとちょっとした放電現象でも一発起こしたら肉体の魔力は無くなってしまう。加えて言うと、放電現象と言ってもバチン! と大きな音を立て、ちょっとだけ痛いだけの小規模な物、いわゆる静電気と言う奴だ。

(本当に手品としては種も仕掛けも無いんだけどな……)

 しかしそうボヤいても『自分は本物の魔法使いです!』と今頃叫ぶ訳にもいかない。どうせ魔法使いだと名乗っても信じてもらえないだろうが、仮に信じて貰えたなら教会の異端審問いたんしんもんにかけられてしまう!

 自分を嘲笑ちょうしょうした仕返しに、街を火の海にでもする事も彼には可能だろう。しかしそんな事は彼の望むところではないし、むしろその逆だ。

 彼に出来る事と言えば、精々魔法使いの衣装に身を包み、魔法使いの様な事をしても教会や衛視の様な治安維持組織ちあんいじそしきに目をつけられない職業しょくぎょうに身をやつす事。それこそ手品師くらいしかあり得なかった。

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