第四百六十七夜『今は誰も居ない飛行艇-ghost flight-』

2023/10/09「来世」「フクロウ」「おかしな恩返し」ジャンルは「指定なし」


「ほら、アレが俺達が今から乗るシュエット号だ」

「すごい! 見た事はあるけど、実際に飛空艇ひくうていをこんなに近くで見るのは初めて!」

「ああ、

 港に着水する形で停泊している飛空艇があり、それを指差して浮足立った口振りのせた男と、感動で破顔しつつもしっかりした足取りの少し背の低い亜麻色あまいろの髪の毛をふさにした女性とが、今まさに飛空艇に乗らんとしていた。

 この国では飛行艇は主に空輸くうゆを目的に用いられており、旅客機りょかくきとしての機能は二の次とされていた。つまりシュエット号は本質的に輸送機であり、ついでに旅客機としての機能を有していると言った所。

 しかしこの特徴とくちょうはシュエット号だけもの物ではない。この国が有する飛空艇は全て似た様な規格だし、この世界にある飛空艇もやはり似たり寄ったり。しかし、これらの飛空艇は旅客機としては最低限乗客の安全が保障されている程度の物には関わらず、利用者が後を絶たない。何故なら人類はそれだけ空に対して憧れを持っているからだ。


 しかし、ある時を境に飛行艇の利用者がめっきり居なくなった。旅客機たる飛行機が実用に至ったのだ。

 飛行艇では尻が痛くなる様なシートに座らざるを得なかったが、飛行機は座り心地の良いシートに座る事が出来る。人々が憧れた空からの眺めも、飛行機ならば座り心地の良いシートで横を向くだけ、飛行艇でも眺めは変わらないが荷物本位で窓は少ない。

 自然と利用する乗客は少なくなり、しかも航空会社は一本化を図るために飛行機をばかり贔屓ひいきをし、そのため飛行艇の開発はめっきり止まってしまった。今では旅客機も輸送機も飛行機が主流で、頼みのつなの輸出入業者も『水上の機体に橋を架けて荷物のやりとりをするなんて、前の時代の奴らは何を考えていたのだろうか? やはり最新機が最高だ』そんな意見を口にして、誰もが飛行艇を利用しなくなってしまった。


 山が向こうに見える平原の道を、幌付ほろつきの車が走っていた。車には短筒を下げた痩せぎすの男と、歩兵用の剣を少し背の低い亜麻色の髪の毛をふさにした女性とが乗っていた。

「あ、飛行艇?」

 亜麻色髪の女性は地を走る影を見て、反射的にそう言った。

「飛行艇? 飛行機の間違まちがいじゃないのかな? 今時飛行艇なんて、どこも飛んでないだろ」

 痩せぎすの男は運転をしながらいぶかしむ様に、それでいて思い出を回想する様な様子で尋ねた。

「うんう、あれは飛行艇だったと思う……うん、あれは多分飛行艇だった、絶対!」

「そこまで言うなら、飛行機じゃなくて飛行艇なんだろうな。しかし飛行艇ねえ……どっかの物好きが個人で所有でもしているのかね? でもやっぱり思い違いって線も太いと思うんだが……」

 痩せぎすの男の言葉に対し、亜麻色髪の女性は胸を張ってこう答えた。

「あれは絶対、飛行艇だった。何というか、こう、見ているとなつかしい様な、寂しい様な、切ない気分になったもの!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る