第四百六十三夜『ある再生医療-the old axe-』

2023/10/06「暁」「地雷」「壊れた高校」ジャンルは「青春モノ」


 テセウス氏は、ある種の再生医療さいせいいりょうにおいて最先端さいせんたんに居る名医だった。

 例えば彼が施術せじゅつした患者の一人なのだが、顔にひど火傷やけどを負って来院したが、退院した頃には顔には傷一つ無い状態じょうたいだった。

「トカゲやトゲイモリに出来るんだ、人間にだって出来る!」

 テセウス氏の再生医療を触りだけ話すと、以下の通りとなる。

彼が開発したホルモン剤は人体の再生を促し、傷口がまるで液体化した肉でおおわれる様にして完治してしまうのだ。これは端折って説明すると、瘡蓋かさぶたの超アップグレートの様な現象であり、言い換えれば尻尾を失ったトカゲが尻尾を再生する事に近い。

 勿論人間の肉体でトカゲの様に失った器官を再生すると言っても、それこそ瘡蓋の様に傷が塞がるだけで終わってしまうだろう。しかしここからがテセウス氏、大掛かりな施術の場合はまずは患部の細胞を採取し、これを件のホルモン剤に加えて特殊な刺激しげき物質からなる薬剤を投与して培養する。すると幹部は器官が失われる前の事を思い出し、失った器官を再生する様に肉が生えて来るのだ。

 もうこうなってしまえば占めた物、この培養で出来た器官は本人の肉体だし、その接着剤となる瘡蓋の様な肉も本人から生じた物。つまり肉体の拒否反応など、起こる理由がまずありえない。

 こうすれば火傷で皮膚ひふを失った以外にも、視力を失った眼も、事故で鼻や指を切り落としたとしても、それこそ綺麗きれいサッパリ再生してしまうのだ。

 しかし、このテセウス氏の再生医療にも限界があり、手足等の復元は上手くいかない。と言うのも、ケガの治療とはリハビリを伴うものであり、この復元してくっつけた手足は力が入らず、歩けないし立てないし握れないし投げる事が出来ないのだ。

 無論完全に握力や筋力がゼロな訳ではなく、赤ん坊程度の握力なら持ち合わせている。そこから根気よくリハビリをすれば、腕を失っても元の生活に戻れるかも知れないが、それでもくっつけた手は赤ん坊並みの握力からスタートと言う事には変わらない。試した事は無いが、恐らく頭部を作ってくっつけても同じ事になるだろう。


 ある日の事である。テセウス氏の元に、片足を失った少年とその家族とが訪れた。

「テセウス先生、お願いです! 俺の足を作って下さい!」

 この様な事を頼まれる事は、テセウス氏にとって慣れっこであった。

「確かに私にかかれば新しく足を再生して、取り付ける事も出来ます。ですが、それは膨大な時間をリハビリについやす事になり、はっきり言って現代の義足の方がずっと質が良い物となります。加えて、私の再生医療は失った器官の大きさに応じて医療点数も増える物です」

 テセウス氏はそう、言外に断わって余所よそをあたる様に言った。しかし足を失った少年は食い下がらない。

「ダメなんです! 俺は義足じゃダメで、俺は高校の陸上部でスポーツ推薦すいせんで……でもそうじゃなくて、俺にとって競技と言うか、走る事は人生なんです!」

 そう叫び声で懇願こんがんする少年の声は悔しさの色を大いに含んでおり、彼は今にも泣き出しそうで、まるで新聞紙を丸めた様な顔だった。

 しかし、それだけではない。牛を失った少年は家族同伴で、後ろに控えていた家族もテセウス氏に懇願をし始める。

「お願いします先生! うちの子は旅行先で埋没地雷を踏んでしまい……まだこんなに」若いのに歩く事も出来なくなってしまったんです!」

「私からもお願いします! お金なら払います! 必要とあらば何でもします、どんな結果であっても納得します!」

 三人から大声でそう言われては仕方がない。同意が得られたならば、患者を診ずに帰してしまっては悪評が立つかも知れないし、患者を害する事を拒否するにも、まず診てみなくては話にならない。

「分かった、分かった。そこまで言うなら、問診してから君にを生やすかどうか考えよう。だが手術は一朝一夕じゃないし、リハビリは一生かけて行う物と思って下さい」

「ああ、ありがとうございます先生! 神様仏様!」

 テセウス氏の言葉に、足を失った少年は涙を流して神仏に感謝の言葉を発した。


 テセウス氏が少年の様子を診たところ、彼は患者にを生やさせる事が可能だと確信した。確信してしまった。

 テセウス氏は足を失った少年の治療に好意的ではなかった。何せ彼が言った膨大な時間を費やすリハビリとは嘘偽うそいつわりが全く無く、義足でも着けた方がよっぽど日常生活に早く戻れるのは事実なのだ。

「例え赤ん坊の足でも、自分の足で歩きたいもんかね? 全く傲慢ごうまんな……」

 テセウス氏は、足を失った少年に取り付けるを培養しながら、そう独り言を呟いた。


 足を失った少年の手術は無事終わった。今では彼はベッドに寝かされており、手術の性質上手術痕しゅじゅつこんも残っていない。

「よし、これで君の足はくっ付いた筈だ。しかし、すぐに歩こうとはするなよ。これから毎日ゆっくりとリハビリをして行くんだ」

 しかし、そう声をかけられた足を失っていた少年だが、自分に足の感覚が有る事におどろいた表情を浮かべ、そしてそのままベッドから跳ね起きて床に着地せんとしていた。

「ダメだ! 君の足は今、立つ力も持っていない筈だ!」

 テセウス氏はそう叫んだが、彼の思惑とは反対に、足を失っていた少年は何事も無く着地し、ゆっくりとした足取りで七歩歩いた。

 テセウス氏は足を失っていた少年の動向に目を白黒させていたが、しかしその足取りが今にも崩れそうと言う程の物でもなく、これを呆然としたようになりつつ見守っていた。

「ああ、あの世にもこの世にもこんな素晴らしい事は他に無い! ありがとう、ありがとうございます!」

 そう言うと足を失っていた少年は、嬉し涙を流しながらゆったりとした足取りでベッドの上に戻り、そのまま泥の様に眠りについた。

 この一連の様子を見ていたテセウス氏は感心した様に人心地、納得した様な様子で言った。

「なるほど。赤ん坊の様な足と言っても、ブッダの様な足の持ち主だったのか」

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