第四百六十二夜『トマトサラダが食べられない-A tomato a day keeps……-』

2023/10/03「炎」「トマト」「先例のないツンデレ」ジャンルは「ギャグコメ」


 スーパーマーケットの野菜売り場に新鮮食材が並んでいる。しかしその一角にみすぼらし野菜が特価で売っていた、トマトだ。

 私は目が飛び出る程安い、みすぼらしいトマトを手に持ってみて絶句した。虫害がひどく、穴が空いている。最初に手に取ったトマトは小さな穴が空いているだけだが、次に手に取ったトマトは更に虫害が酷く、黒くて大きな穴が空いていて向こうがわへと通じるワームホールが空いており、指を突っ込むと明後日あさっての空間から指が正反対の方向から飛び出て、あわてて指を引っ込めた。

 別のトマトを手に取ると、こちらは皮がただれてくさった様であり、軽く手に取っただけでも手に違和感いわかんが訪れ、しかも匂いをぐとやたらと酸っぱい。これを商品たなに戻し、あちらのトマトを手に取るも、グジュリと耳障りな水音がして、んだニキビの様な触感があり、更に言うとトマトの表面はジャック・オー・ランタンの様になっていて、腐りかけたトマトの皮で構成された歯牙でみつこうとして来た、トマトゾンビだ!

 当然トマトの皮で出来た歯が人体に刺さる訳も無く、私はトマトゾンビを商品棚に戻した。

 私はトマトが食べたいのだが、このマーケットにはマトモなトマトが存在しない。いや、トマトが無いのはこのマーケットが特別なのではなく、異常気象によるトマトの不作に因るものだ。この夏は記録的な猛暑もうしょで、いくつかの野菜は生鮮食品として市場には出回っていない。一応ある事にはあるが、しなびていたり形がおかしい物ばかりだ。

 暑さがピークを過ぎた今日となっても、一日毎に熱くなったり寒くなったりする異常気象で、今でもマーケットの外に出たら上空には通行人を焼き尽くさんとしている太陽がさんさんと輝いている。昨日も都心では焼死体が複数見つかったらしい、熱中症対策を怠った状態で外に出てはいけない。

「しかしトマトが食べたい……」

 別段トマトを摂取する必要があるならば、リコピンはケチャップからでもジュースからでも摂取出来る。しかし、そうではない。私はトマトが食べたいのである。

 塩かドレッシングをかけただけの、シンプルなトマトの刺身が好きだ。オーロラドレッシングをかけて、ゆで卵やレタスやベーコンと混ぜ合わせたコブサラダも好きだ。だが最高なのは、塩とオリーブオイルをかけて、輪切りのトマトとモッツァレラチーズを交互にはさんだシンプルなカプレーゼだ!

 しかし市場にあるのは虫喰いがあったり、ゾンビ化しているトマトばかり。私の欲求は満たされない。

 それなら冷凍のトマトを買えばいい話なのだが、言うまでも無く冷凍食品コーナーの野菜は常に完売御礼だ。大方ネットオークションで高値でトマトを売る積もりなのだろう、立派で大きな美味しそうなトマトが箱入りで桁を二つ間違まちがえた様な高価で売っているのが目に見える様だ。

 聞いた話によると、野菜を運搬うんぱんしている車両が強盗にったらしい。しかも野菜強盗は一件だけではなく、物資をうばえるだけ奪うもの、運転手を引きずり降ろして車両ごと奪うもの、運転手を人質に取るものもおり、まるで大航海時代の海賊行為もかくやと言わんばかりだ。しかもそこまでやっても、闇市で取り扱っているトマトは想定みすぼらしい有様なのだ、ゾンビ化したトマトを得るために窃盗をはたらく連中の考える事は全く分からん。

「全くバカバカしい……」

 私は商品棚のとても食べる気にならないトマトを値踏みする様に見渡し、これらでカプレーゼを作る自分を想像してみた。食欲が失せる様だ。食欲が失せると言う事はトマトを食べたいと言う欲求が完全に消失したと言う訳で、釈然としないものの私の当初の問題は解決したと言える。別に負け惜しみではない。

 私が野菜売り場をはなれると、今さっき私が居た場所から怒号が聞こえて来た。きっと悪質転売業者と強盗と海賊が、トマトを巡ってマーケットを襲撃しゅうげきしたのだろう。チラリと視線を背後にやると、ガタイの良い大勢の怒れる民衆が互いにトマトを投げ合っていた。

 私は何もかも馬鹿らしくなり、乾麺かんめん売り場に足を運んだ。聞いた話によると、臼で挽いた麦は半年は保存出来るらしいし、加えて麦やソバはこの異常気象の被害をそこまで受けていない。事実、乾麺の数々は品質も値段も正常だった。

 私が麺をえらんでいると、後ろで子供連れの女性の、会話をする声が聞こえて来た。

「お母さん! でもわたし、それ食べたくない!」

「ダメよ、野菜も食べないと」

 私は買い物かごの中に言及しているらしい親子の会話を、何とも言えない気分で聞いていた。

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