第四百六十一夜『何をしに外へ?-Doorway effect-』

2023/10/02「青色」「氷山」「増える山田くん」ジャンルは「指定なし」


 とびらを開けると、極寒ごっかんの風が吹き込んで来た。顔が風に当てられて痛さとかゆみが走り、俺はたまらず両頬りょうほほを反射的にこすりつけた。

「はて? 何をするべきだったんだろうか?」

 俺は何か用事があって外に出た筈だが、急に何をしに外へ出たか忘れてしまった。誰しもこんな経験はあるとは思うのだが、とにもかくにも喉元のどもとまで忘れていた事が出て来なくて気分が悪い。

 何か明確な目的があった筈なのに、何故だか全く思い出せない。それも、自分の中では大切な用事だった筈だった気がするにも関わらずである。

 外はクソ寒いし、日差しは強いし、風も強い。こんな環境で物事を思い出そうとしても何も思い出せる訳が無いどころか、体調を崩してしまいそうまである。

「まあいいだろう、そのうち思い出すだろう」

 俺は自分を元気づける様にそう言って、扉を閉めて居住の中へと戻った。

 その時である、俺の視界には同僚どうりょうの山田が倒れているのが目に入った。別に息も絶え絶えと言う状態じょうたいではない、完全に心停止している。

 何をもって人間が命を落としたと表現するかは人に因ると思う。肉体は生きているが脳死しているか、心臓しんぞうが止まっているかどうかに焦点を合わせるか、もしくは呼吸が止まった時だとしてもまだ心臓はしばらく生きているだろう。だがしかい、山田はどうしようもなく死んでいた。

 俺は山田がどうして急に亡くなったか分からない。山田はそれほどに、全くの外傷も無く死んでおり、寿命で亡くなったと言っても肉体が若い事を除けば俄然がぜん納得出来る程だ。

 これが例えば未知の伝染病とかウィルス性の疾患による物だとすれば、俺もひょんな拍子でポックリ同じように死んでしまうかも知れない。そう言った理由から、この山田の不可解な死体は検死をすべきなのだろう。

 しかし俺にはそれが出来なかった。

 一応助けは呼んだし、俺に出来る事は何も無かった。いたずらに死体を触って万が一があると困るしで、俺は山田の遺体いたいには全く触っていない。

 しかしそれで本当にいいのか? 俺に出来る事は何も無いと言ったが、それは本当か? 俺に何か出来る事はあるのではないのか? そう頭の中で疑問が浮かび上がって来て、あれやこれやとうれいや疑問や不安が次々と水底から湧く水泡の様に浮かぶ上がった。

「何か俺に出来る事……あとちょっと、あともうちょっとで何か考えつきそうなんだが……」

 俺はその場で歩き回って、自分の中からアイディアをすくい取ろうと努めた。しかし、手で砂を掴み取る様に思考の砂が手から漏れ出てしまう。

「ダメだな……閉塞感が有ってどうにも考えがまとまらない……ちょっと外に出るか」

 外への扉を開けると、極寒の風が吹き込んで来た。顔が風に当てられて痛さと痒みが走り、俺は堪らず両頬を反射的にこすりつけた。

「はて? 何を考えていたんだっけかな?」

 俺は何か考えがあって外に出た筈だが、急にどんな考えの元、外へ出たか忘れてしまった。とにもかくにも、喉元まで考えていた事がかすみがかかって不可視になってしまった様で気分が悪い。

 何かわらをもすがる気分で良いアイディアが出て来る直前だった気がするが、しかし今となっては何も思い出せない。今の俺の頭の中にあるのは、山田の死体が倒れている光景だけで、その光景が浮かんでは消え、揺れて増え、ただただ何もアイディアを思い出せないと言う現状だけだった。

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