第四百五十七夜『ある男の結婚活動-Dear John Doe-』

2023/09/28「地獄」「扉」「嫌なツンデレ」ジャンルは「純愛モノ」


 そこのあなた、怪物と言う物をどう考えますか? ふむ……確かにいきなり、この様な場でこんな質問をされたら、言葉に詰まるのも仕方の無い事でしょう。しかしこれは私の人となり、形成された人格にまつわる話でもあるのです。どうかご清聴せいちょういただければ幸いです。

 ある人物曰く、怪物とは『言葉が通用せず』『正体不明で』『不滅ふめつ』でなければならないそうです。その方の仰る事はもっともと言えましょう、例えばパニックホラー映画に登場するクリーチャー……そう、今日こんにち一般的なゾンビが礼儀れいぎ正しく人語で挨拶をして、その上人間と対話をし始めたらどう思いますか? 主題はゾンビから逃れるパニックホラーではなく、人権問題や寓話になりかねないでしょう。

 この例えにのっとるならば、相手が生物学的に人間であっても怪物であったりホラー作品のクリーチャーの要件は満たせましょう。例えばなんらかの理由で絶対に主人公に殺される事がない殺人鬼が、聞く耳を持たず、言葉にならないうめき声を口から出しながらドアを武器でカチ破って追いかけ回していたら、それは立派な怪物と言えましょう。逆に、彼女ないし彼の人となりや過去を多く語ってしまうと、その殺人鬼はたちまち怪物でなくなってしまうでしょう。例えば殺人鬼の思考や視点を描写してしまうと、怪物ではなくタダの気持ち悪い人間、或いはあわれみの対象に成り下がる、いわば怪物を落第してしまうのです。

 先程のゾンビの例えもそうです。正体不明でないゾンビは邪悪な魔法使まほうつかいやマッドサイエンティストの被害者であり、恐怖の対象ではなく元々人間だった被害者になってしまいましょう。

 そして怪物とは即ち不滅でなければならないと言うのも、これもまた絶妙な話です。何せ古今東西の怪談とは、怪物の正体を知った途端とたんに対抗策も生じてしまい、芋づる式に怪物ではなく狩りの対象、言わば飛び越える事の出来る低いハードル以外の何ものでもなくなってしまうのが世の常です。皆さんもご存知の通り、ホラー映画のラストとは、倒したはずの怪物が謎の不滅性によってよみがえるシーンで幕を閉じ、続編では総じて前作よりも被害が拡大する傾向にあります。

 この様に、怪物の持つ『言語を持たない』『正体不明』『不滅』と言う三つの属性ぞくせいは怪物を怪物たらしめる要素であり、逆に言うと人間が持っていない属性だと言う事でもありましょう。


 私の目の前の男性は、そう私に対してつらつらと語った。その男性は大柄な体躯たいくの持ち主で、平たくて広い顔には手術痕しゅじゅつこんが複数見受けられ、首の左右には電極が刺さっていた。

「えっと、その話がこのパーティーと何か関係が……?」

 私が腫れ物に触る様な態度たいどで、されどあまり露悪的ろあくてきにもならない様に気を付けながら返答をすると、首に電極の刺さった男はパッと灯が点ったかの様に顔を明るくした。

「ええ、多いに大ありです! あなた、私の名前……ではなく苗字はご存知ですよね?」

 私は彼の人となりは詳しくないが、この特徴的とくちょうてきな顔は知っている。そもそも、人類の多くは彼の顔を知っている。

「ええと、フランケンシュタインさん?」

「ええ、その通り! 実は私は厳密げんみつには名前を与えられていないのですが、父の苗字を取ってフランケンシュタイン、そしてファーストネームは便宜上アダムと名乗っております」

 そう嬉々として語るアダム・フランケンシュタインの顔は、私の知っているフランケンシュタインの顔とは似ても似つかない快活で明るい物となっている。

「みなさんご存知の通り、私はフランケンシュタインの元で生まれた人造人間で、この様に言葉も喋れます。そして試した事はありませんが、そもそも人間の肉体を用いて作った人造人間なのですから、例えば心臓しんぞうをナイフで一突きしたら死に至るでしょう」

 アダム・フランケンシュタインはそう語りながら、まるでナイフが刺さりそうにない屈強な胸板を服の上から毅然きぜんとした仕草で示した。

「つまり、私は言葉を話し、正体が有名で、恐らく不滅ではない。即ち、私は人間なのです!」

「それは良かったですね」

 私がアダム・フランケンシュタインの訳の分からない理論を、相槌あいづちを打ちながら聞き流していると、彼は急に私の手を柔らかくやさしく握った。

「そこでお願いがあるのですが、私の妻になっていただけないでしょうか?」

「はい?」

 突然の予想もしてない言葉に、私の頭はひどく混乱した。この怪物は何を言っているんだろうか?

「今なんて言いました?」

「ええ。私は今、あなたに結婚を申し込みました。一目惚れです、私は人間です故」

 怪物はその場で膝をつき、まるで絵画か童話の王子様がする様なポーズで私の事を真っ直ぐ見ている。何と言うか、余りのミスマッチ具合とおぞましさに肌が粟立あわだった。

「ごめんなさい。私には将来を約束した、愛し合う恋人が居るんです」

 うそだ、しかし自分の身を守るためについた嘘に瑕疵かしもバチも無いだろう。

 私の嘘を聞くと、怪物は悲しそうな顔をしてトボトボと去っていった。彼はきっと、このパーティー会場を結婚活動の一環と捉えていて、自分と価値観の合う連れ合いを探しているのだろう。

「全く、私の彼もアレくらい話の通じる人なら良いのに……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る