第四百五十六夜『真っ赤な代替品-hot pepper-』

2023/09/27「赤色」「見返り」「最初の遊び」ジャンルは「指定なし」


 もう気が長くなるほどの期間、船で海原をさまよっている。

 船員達に対しては、手を変え品を変え、これこれこう言う理由で陸地は近いと説得しているが、いつ俺に対して反乱が起きるか分からない。

 万一、最悪の事態じたいに備えて一応航海日誌を本物と贋物にせものとに分けて書いてあるが、これは俺の意地であり希望でもある。俺は何としても西に辿り着き、ヨーロッパに帰るのだ。

 これは試練だ。神様が俺に寄越した試練であり、今の俺は大洪水を乗り越えんとしているノアだ。必ずや、じきにオリーブの枝は俺の元に届くだろう。


 航海が始まって幾星霜、奇蹟きせきが起きた。陸地が見える! 船員達は皆、歓声を挙げて俺の海から突き落とそうと計画を立てていた事などつゆと忘れている。やった、やったぞ! 俺は成し遂げたのだ!

 俺はこの幸運を下さった神様に感謝した。


(これはマズい……)

 俺は上陸し、そしてその場で頭を抱えて渋面を浮かべていた。

 俺は上陸する前、陸地を見て違和感を覚えており、そしていよいよ上陸してその違和感の正体に気が付いた。どうやらこの陸地は、俺が考えていた大陸では無い様だ。この陸地の様子は俺が資料で読んでいた大陸とは様子がまるで違う。

(どうしよう、どう見ても俺の考えていた大陸とは植生が違う……このままでは、スポンサー連中から責任追及をされてしまう!)

 俺は身一つで航海に出た訳でも、自分でたくわえた財産で船を購入こうにゅうした訳でもない。俺はあちこちを走り回り、パイプを設け、スポンサー共から船と船員と食糧しょくりょうを何とか工面し、その見返りとしてかの大陸の商業的価値のある植物を使と、そう言う契約の元借り受けた形で航海をしていた。

(このまま、何も見つからなかった事にして報告するって言うのか? クソッ、胃が痛い……)

 その時だった。先に上陸し、近辺の調査を行っていた船員達の一人が俺に向って大音声だいおんじょうを挙げて快活な声で告げた。

「船長! これを見てくれよ! 未知の植物だ!」

「植物? それはひょっとしてコ……」

 俺は暗闇の中に一縷いちるの希望を見出し、未知の植物とやらを見つけた先行隊らに質問をしようとした。しかし俺の声はひど興奮こうふんした先行隊らにさえぎられた。

「すげえですぜ、この果物! 真っ赤で、食べると火を吹きそうにからいぜ!」

 先行隊らの言葉に、希望が見えた。俺は心の中で何度も本当にアーメンと叫びながら、神様に感謝かんしゃの言葉を告げた。

「コ、コショウだ!」

 俺は先行隊を説得するかの様に叫んだ。

「コショウ……? けど船長、コショウってこんな感じの果物じゃあ……」

「コショウだ!!」

 俺は再度、先行隊を黙殺せんと怒鳴る様に言った。

「そうか、そうだ。西ではコショウは赤いんだな?」

「そうだ、そうだ。西では赤いコショウレッドペッパーと言う植物があるんだ。諸君、これは一粒一粒が同じ目方の金貨になると思って軒並み詰め込め!」

 うそだ。この赤くて辛い果物がコショウだと言うのは嘘だし、コショウが同じ目方の金になると言うのも厳密げんみつに言えば嘘だ。今時そんな嘘に騙される船乗りが居るかは知らないが、俺の嘘は船員の士気を確実に上げた。つまり俺の嘘は他人を陥れる罪などではなく、正当性が認められる許される嘘なのだ。

「軒並みですか? 別に俺らは構いませんが、この土地の所有者とか住民が居たらどうするんですか?」

 俺は、腰にいた舶刀はくとうの柄を手のひらで撫でながら笑みを浮かべた船員達の質問に対し、たしなめるように言った。

「ハナっから剣を抜くバカが居るか、それは一集落が攻め落とせると判断したらだ」

「しかし船長……」

 俺は不満げな顔を浮かべる船員達に、ふところから取り出した麻袋を手渡した。

「ガラスせいの偽宝石だ。皆も知っての通り、俺はに詳しいが、にはガラス製品が存在しない。大きい街でコレと赤いコショウレッドペッパーやその他高値で売れそうな物を交換してこい。未知の植物なんか良いな、女王陛下に献上品にして、西から取り寄せた珍品として高く売れるだろう」

 船員達は俺の言葉に納得し、偽宝石が詰まった麻袋を手に集落が有ると思われる方向へ行進していった。

 この地がインドでなかったのは残念だったが、この大陸は俺に巨万の富をもたらしてくれるだろう。ひょっとしたら俺の名前は後世に残り、偉大な船乗りとして知られるかもしれない。そう考えると自然と口角が上った。

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