第四百五十四夜『一番欲しい時に-the knife is out-』

2023/09/23「天」「観覧車」「意図的な枝」ジャンルは「ミステリー」


 観覧車かんらんしゃの中で死体が見つかった。

 観覧車の中で自殺した人間が居ると考えれば、それで万事丸く収まるかも知れないが、それでは辻褄つじつまが合わない。

 この死体は検死の結果、ナイフで心臓しんぞうを一突きにされて即死したと見られているのだが、この傷口は躊躇ためらい傷ではなかった。自己保存や防衛ぼうえいの本能が全く無い人間が、自分で自分を殺そうと心臓を機械的きかいてきに害したとしか思えない様子だった。

 いや、機械的とは言ったものの、ロボットだってロボット三原則で自己防衛や危機回避を本能の様にインプットされている。これでは人間でも機械でもない何者かが自殺をしたと言う他無い。

 警察けいさつ遺体いたいに躊躇い傷が見られない事から他殺の線で操作をする事になったが、しかし問題は観覧車の中で死体が見つかった事。これでは典型的な密室殺人事件と言わざるを得ない。

 警察を舐めている凶悪犯だといきどおるもの、難解なんかいな事件に頭を捻るもの、現場主義型の名探偵がそうする様にに現場を調べるもの、警察官達の反応は様々だった。

 そんな中、ある刑事は資料を見比べて言った。

「これは自殺の線も考えられるな」

 他の警察官は、彼の意見に反発したり、彼の意見を追求したりしたが、誰も彼ほど確信を得た意見を言う者は居なかった。


          *     *     *


 汽車の中から車窓を眺めていると、いささか空腹を覚えた。私は先程買っておいた駅弁を開けようとしたが、駅弁をしばっているパッケージの紐がひどく固く、どう引っ張っても駅弁は開かない。

(こういう時、ナイフが有れば助かるんだけどな……)

 私はそう、口を開かずに閉じたままで口の中で呟き、そしてカバンの中からナイフを取り出して駅弁を結ぶ紐をスパッとゴルディオスの結び目を解くアレキサンダー大王の如く切り開いた。

 私には何時いつからだったかは記憶は定かでないが、特別な贈り物ギフトがあった。私はナイフが必要な時はいつでも、カバンや筆箱や上着のポケットにナイフが収まっていた。取り出せるのは綺麗きれいな銀色の金属製きんぞくせいのナイフで、触ると冷たくて鋭く、木やゴムや合成樹脂で出来た鈍かったり絶縁だったり特殊なナイフではなかった。

 このナイフは私の用が済むといつの間にかどこかに消えており、その気になれば私は完全犯罪の殺人犯にだってなれるのではないか? と言う錯覚すら覚えた。もっとも、私は特に殺したい程憎い人が居ないし、そもそも犯罪の証拠を隠匿できるからと言って犯罪を犯す積もりも無い。

 私は駅弁を平らげてなり、そのまま汽車に揺られて意識を落とした。


 汽車が終点で停まり、そのアナウンスで目が覚めた。

 私が汽車で訪れたのは港や船や海の見える観光地で、前々から一度でいいからあの土地で気が向くままに物見遊山でもしてみたいと思っていたところだ。

 今の私の心は傷心していて青色で、全てを忘れてぼーっと何も考えずに景色でも眺めてみたくなっていた。

 気が付いたら私は観光都市への切符を手にし、半ば無意識の様にふらふらと駅のホームへと向かっていた。

「まあ、いっか」

 全ての予定を投げ打って、一人で遊びに観光地に向かう……これも一種の青春なのだろう、多分。


 私は観光地で色々とウィンドウショッピングをしたり、大道芸人を眺めたりしたが、私の心は晴れる事は無かった。何と言うべきか、自分で自分が何を欲しているのかがサッパリ分からないと言うべきか。

 そんな中、よく分からないオブジェを見物しつつ、その奥に遊園地がある事に気が付いた。

「観覧車……」

 あの観覧車に乗り、この都市を一望したらきっと気分が晴れるに違いない。私は根拠の無い希望的観測を胸に、ふらふらとゆっくりした足取りで観覧車の方へと向かって行った。


 観覧車からの眺めは最高だった。まるで手のひらサイズの高層ビルや豪華客船、外国につながる船を出入国させる港に映画館、そんな地上の景色を遥か上空から見るのはまるで天国の神様にでもなった様で気分が良かった……いや、嘘だ。私の心は鉛の様になっていて、本来の私なら絶賛ぜっさんしていただろうこの素晴らしい景色も、まるでなぐさめにはなっていなかった。

 私のくもった心は観覧車の中でも快方には向かず、私は自分で自分がいじけたままな事を感じた。

「もう全部いやになっちゃった……死にたい……」

 私はそう、口を開かずに閉じたままで口の中で呟いた。そして、

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