第四百四十二夜『あなたの声が毎晩聞こえる-I hear(d/t) you-』

2023/09/12「音楽」「墓標」「観賞用の記憶」ジャンルは「純愛モノ」


 俺の心は虚無感で満たされていた。

 生活に張りが無く、生きる目的や活力が無い訳ではない。将来をちかった彼女と離別りべつしてから、俺の人生は全てが灰色なのだ。

 離別したと言っても、他に好きな人が出来たとか、増してや死別した訳でもない。俺は私生活や女性関係にだらしの無いなのであって、それで三行半みくだりはんを突きつけられた形となる。

 完全に自業自得なのは理解している。だから俺は彼女を引き留めたりせず、連絡先の情報も全て抹消した。俺なんかと一緒になっても彼女が不幸になるだけだし、事実彼女は俺と付き合って不幸だったなんじゃないかと思う。


『あんたと付き合っていても、良い事なんて一つも無い! 死んだ方がマシ!』


 さすがに文字通りの意味だなんて事は、これっぽちも無いだろう。ただ、俺は彼女をそこまで怒らせたことも事実だと言えよう。

 そんな俺だが、今は正に人生のどん底であり、何をしても未来に光明が見いだせずにいる。生きておらず、ただ死んでないと言った様な状態じょうたいだ。故に俺は未来も現在もなく、過去ばかりを見て生きている。具体的に言うと、彼女と交際をしていた頃のアルバムや共にった何気ないショートビデオだ。別に誰かに見せる積もりは無いし、ネットに挙げたりしている事も全くなく、単に思い出として二人で思い出した様に眺めるために撮った物だ。

 俺の視界に彼女が居る、俺の耳に彼女の声が聞こえる、俺の脳裏のうりに彼女が居るのを感じる。俺はバカだった、人間はいつだって痛い目を見なければ覚えないのだ。

 俺は涙でかすむ視界に目を擦りつつ、かすれた声でポツリ独り言を言った。

「それでも、やっぱり……叶う事なら、やりなおしたい……」


 夕方時、道路で二人の学生が歩きながら世間話をしていた。

「ねえ知ってる? あそこのマンション、出るらしいよ?」

「出るって一体何が? ネズミかゴキブリ?」

「何言ってるの? 出ると言ったら幽霊でしょ、幽霊!」

「幽霊だなんて、今時一周回って新しいと思うの。そんなうわさ、最近じゃ全然聞かないし」

「それが本当に出るんだって! こないだ訃報のあった女優、知ってるっしょ?」

「勿論知ってる。ネットでも新聞でもテレビでもでも言ってたし、知らない人なんて居るとしたら現代人じゃないでしょ、その人」

「そうそう、その女優さんの声が夜になると聞こえるらしいよ?」

「本当? 毎日聞こえるの? 聞き間違まちがいとかじゃなく? よく似た声の人じゃあないの?」

「それが聞いた人、絶対に聞き間違いじゃないって確信してたみたいよ。又聞きだけど、酷くおどろいた様子だけど錯乱とかしてたとかはないらしいし」

 二人の学生はそう言う物の、別段本気にしていたり、或いは幽霊の正体を暴いてやろうと言う気概きがいも感じられない。ただただ過去の人が幽霊として出るらしいと言う話を現在してこそいるが、視線は未来の方へと向いていた。

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