第四百三十九夜『悠々自適な車内-livingroom-』

2023/09/09「野菜」「車」「家の中の大学」ジャンルは「王道ファンタジー」


 朝目が覚め、ベッドから身を起こし、植木鉢を確認する。昨日に収穫しゅうかくした野菜の根が成長しており、あと数日もしたら再び収穫出来そうだ。

 蛇口を捻って水で顔を洗い、水を飲む。うちは水道こそ通ってないが、貯水タンクとのおかげで飲み水には困らない。

 収穫しておいた野菜を冷蔵庫から取りだし、誘導加熱式電力ゆうどうかねつしきでんりょくヒーターで炒め、パンで挟んで朝食にする。一緒に飲むのはタンポポから作ったコーヒー、シンプルながらも立派な朝食だ。

 テレビで放送大学の様な物をながら、学術的知識欲を満たしながら食事をする事が俺の趣味だ。何より、早弁している学生の気持ちになれるし、先生から早弁を咎められないと考えると気分が良い。だが残念かな、この国では放送大学はやっていないらしく、その上この国の放送は俺の手持ちのテレビでは視聴する事が出来ない。

 我が家はキャンピングカーだ。この国では居住の事実さえあれば、私有地でない限りでは誰も追い出す事は原則として出来ない事になっている。自宅が狭いと言う欠点こそあるが、発電装置やの存在で困る事はそうそう無い。こうして暖かいコーヒーを飲めるのだから、それこそ家具が小さい事と放送が見る事が出来ない程度しか文句は無い。

 ここまで言うと、俺は自給自足の暮らしをしているかと思われるかも知れないが、それは全くの誤りだ。何せ先述の様に、この土地は私有地でこそ無いが厳密げんみつには俺の土地でもない。俺が住んでいるから、お情けで暮らさせてもらっているだけだ。故に、ここら辺一帯を俺の畑にしたりしたら、最悪他人に完成した農作物を合法的にうばわれてしまうかもしれない。


 陽が沈みそうな時間、俺はエレキギターとアンプを持って、街の酒場へ出かけた。

「よう大将、みんなあんたの魔法まほうの楽器を待っていたぞ!」

 まだ夜の営業が始まる前の時刻、酒場のマスターは俺の顔を見て明るい声をかけた。

 別に俺の楽器は魔法の楽器なんかではない。バッテリー付きのアンプとつながっているだけの、ただのエレキギターだ。

 俺はこの国に来てから、森の方で鉄の家に一人で暮らしている魔法使いと呼ばれている。俺は訂正する事も考えたが、この国の原語こそ知ってはいるが、文化的に納得させる事が出来る言い回しが思いつかなかったので、その様なものだと全否定はしないでいた。

 この街の人達は皆やさしく、異邦人に対して親切で偏見もうすい。この国へ無理矢理キャンピングカーとその中身だけで送られた時は心底心配したが、元の国のらしよりずっと俺向きだ。

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