第四百三十八夜『とてもとてもとても長い夜-butterfly’s dream-』

2023/09/08「地獄」「観覧車」「最悪の時の流れ」ジャンルは「指定なし」


 私はジェットコースターが好きでない。同じ遊園地ならば、ボートライドや観覧車かんらんしゃの様なゆったりとした乗り心地を楽しめる物が好きだ。あの何とも表現しがたい乗り心地に揺られていると、私は文字通り夢心地で舟をぎそうになる。

 そんな私なのだが、最近はめっきり不眠症気味だ。乗り物のたぐいに揺られても眠くならないし、夜になっても全く眠れない。その上羊を数えようが、寝酒ねざけを飲もうが、睡眠導入剤すいみんどうにゅうざいを飲もうが眠れない。

 これまで事ある毎に居眠りをしていた私は、突然の不眠症に快適さすら覚えた。しかし夜も全く眠れないし、昼も居眠りしないとさすがに不安を覚える。睡眠は人間の肉体の機能きのうとして必要なのは勿論もちろん、精神にも必要なのだ。私は肉体に不調を全く覚えてないが、すっかり神経衰弱の様になってしまった。

 これは精神的な要因なのか、はたまた肉体的な原因なのか……私は内科や精神科にかかったり、カウンセリングを受けたりしたが、それでも万人に当てはまる様な事を言われたり、市販の薬と同じ様な強くない薬しか渡されなかった。恐らく私の不眠症は顔色や血色に出ないのだろう、医者共は私がトリップ出来る薬を求めて来院したのだと思ったに違いない。

 私は眠れない夜を読書についやしたり、ビデオゲームにきょうじたりした。何せずっと同じ姿勢で趣味しゅみに没頭すると言うのは、集中力の無い人間にとって眠気を催す行為なのだ。しかしそれでも私は眠れなかった、眠気の代わりに来たのは飽きであり、眠れないし読書もゲームもする気が無くなってしまった。

 こうなると夜勤にでも出るべきかも知れないが、私の家は最寄りのコンビニエンスストアに行くにも車を出さないとままならない僻地へきち。行って帰って来るには不便だし、ついでに言うと該当の類もまばらで危なっかしい。もしも幸か不幸か急に不眠症が治ったりしたら、ガコンと音を立てて車が車道のみぞに足を取られるだろう。

 そんなこんなで、私はただただ夜は家で酒を呑むしか出来ない。しかし意識いしきを失いたいにも関わらず、チビチビと酒を呑むと言うのも退屈きわまりない。酔っぱらって意識を失い、不眠症が完治した夢でも見てみたいと言うのに現実は全くもってつまらない!

 私は不満を覚え、とびきり強い酒を一気に呷って飲み干した。


 朝の陽ざしを顔に受け、目が覚めた。何だか長い夢を見ていた気がするし、起きてしまった今となっては短い夢だった気もする。

「ふあぁ、眠い……」

 朝は苦手だ。いくら眠っても寝足りない気がするし、何の予定も無い日は二度寝をしたい。

 しかし、夢の中で私は文字通り夢の様な体験をしていた様な気がするし、その一方で地獄の様な体験をした気もする。

「全く……ショートスリーパーと言う奴が羨ましいし、夢の中でいいからなってみたいものだが、体質はどうにもならないか」

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