第四百三十七夜『甘くない無駄遣い-ill judge-』

2023/09/07「陸」「タライ」「消えた剣」ジャンルは「邪道ファンタジー」


れ衣だ! 俺は無罪なんだ!」

 いかにもな貴族きぞくの男が街の広間でそう叫んでいた。男は観衆の発する怒号や野次の中、処刑台の上で晒し台を使って拘束されており、警備員けいびいんに囲まれた中で今まさに処刑されんとしていた。

 ギロチンの様に、一刀両断で綺麗きれいに命を絶つ装置などは無い。ましてや絞首台の様に、効率良く一瞬いっしゅん頸椎けいついをへし折って命を手折る装置も無い。あるのは処刑人が手に持つ、陽の光を浴びて透き通っているとさえ錯覚を感じる白い処刑用の剣だけだった。

 今日だけでも既に、この処刑台では数人が首を切り落として処刑されていた。処刑台の下には首が入ったかごがあり、流れる血を受け止める桶があり、文字通り少なくない量の血が流れた事を物語っていた。

「最後に何か言い残す事は有るか?」

 処刑人は処刑用の剣をこれ見よがしに貴族の男に見せつけながら、貴族の目をのぞき込む様な形で見下して言った。

「……叶う事なら、最期に馬車に乗って外国に行きたかった」

「そうか」

 処刑人は貴族の言葉を聞くと、無機質むきしつに処刑用の剣を振り上げ、そして振り下ろした。

「!?」

 その時信じ難い事が起こった。貴族の男の首が処刑用の剣で断たれると思いきや、なんと彼の首に叩きつけられた剣がへし曲がってしまったのだ。

 これには貴族の男も処刑人も民衆もビックリ仰天し、一瞬いっしゅん静まり返ったと思うと、ガヤガヤと騒ぎ始めた。

「一体何が起こったんだ?」

盟神探湯くかたちだ! あの人は無罪なんだ!」

「いやちがう、あの男は処刑される事が分かって首か服に鉄板でも仕込んだに違いない!」

「そんな事より処刑はどうなる? 剣は折れてしまった」

「代わりの剣を取って来るのか? それとも延期か?」

「処刑の最後の最後でこんな事になるとはな……」

 処刑人は信じられない物を見たと言った様子で、貴族の男と折れてしまった処刑用の剣とを見比べたが、平静な様子で咳払いを一つした。

「恥ずかしながら、我が愛用の剣は手入れ不足の疲労で折れてしまった様だ。よって、罪人の処刑は後日追って行なう事にし、本日の処刑はこれで解散かいさんとする!」

 なんだ、ただの金属疲労きんぞくひろうか。なんだ、今日は解散か。そう言って群衆は散り散りになり、貴族の男は処刑人や警備員に連行される形で、晒し台から解放される代わりに手枷てかせを付けられ、牢獄ろうごくに戻すべく馬車に乗せられる運びとなった。


「しかしこのアメ、あまり美味くないな」

「仕方がないでしょう、演劇用えんげきようの飴細工なのですから。味までキチンと作ってあったら、逆に罰当たりと言う物です」

 馬車の中、貴族の男と処刑人とがのほほんと明るい調子で会話をしていた。

「うむ、その菓子職人かししょくにんにはに着いたら金一封送っておかねばな」

「……なるほど。通りで貴殿きでんれ衣で捕まった時、没収された財産が妙に少ないと思いました……本当に濡れ衣ですか?」

 何かにかんづき、疑惑の目を貴族の男に向ける処刑人をどこ吹く風と、貴族の男は飄々ひょうひょうと朗らかな態度たいどで答えた。

「私は何も法に触れる事はしてないぞ! 人として悪い事をしたかも知れないが、法律上は何も悪い事をしていない! 私は合法的着服とも言うべき行為しかしてないし、同じ事をしていた議員ぎいんの連中が私に矛先を向けた理由も分からないんだからな!」

 貴族の男の言葉を聞き、処刑人は納得した様子を見せつつ苦笑いをした。

「それで、に着いたらどうする積もりですか?」

「ふふん。こんな事もあろうかと、私は外国ともコネクションを作っておいたからな! ビジネスで私はあちらと顔見知りは多いし、何よりからしてもの商品や情報を知りたい人間は多いだろう」

 貴族の男は呵々大笑し、先程まで処刑台でべそをかいていた人とは同一人物とは思えない。その様子を見て、処刑人はかわいた笑顔を浮かべつつ溜息を吐いた。

からしても……ねえ?」

 処刑人は例えるならば、アメを落として無駄むだになってしまったとなげく子供でも見る様に、貴族の男を遠い目で眺めた。

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