第四百三十五夜『小さな谷の農村にて-The cheese stands alone-』

2023/09/04「北」「コーヒーカップ」「荒ぶる物語」ジャンルは「ギャグコメ」


 ある女性が坂道に設けられた喫茶店きっさてんでコーヒーを飲んでいると、坂の上から何かが転がって来るのが見えた。

 坂の上から転がり落ちて来たのはおにぎりだ。そのおにぎりの形状は真ん丸で、それはもうすごい猛スピードで転がっている。

 女性は珍しい事もあるものだなと、特におどろきもしないでその様子を眺めていた。

(この坂の下には童話の様に、ネズミの穴でもあるのかしら?)

 そんな他愛の無い事を考えながら、湯気を立てるコーヒーに口をつける。

 しかしその時、坂の上から何かが猛スピードで転がって来た。転がり落ちて来たのはリンゴで、まるで戦車チャリオットの様な猛スピードで坂の上から転がり落ちる。

 その様子を見ても女性は特に驚いたりはしないで、ぼーっとその様子をただ見るだけだった。

(転がって来たリンゴをんだりしたら、踏んだ人はケガでもしてしまいそうね)

 そんな事を考えつつも、特に何をするでもない。する事と言ったら、ただ熱いコーヒーを啜るだけ。

 女性がコーヒーを啜っていると、またしても何かが坂の上から転がり落ちて来た。

 三度転がり落ちて来たのはチーズだった。しかしそれもただのチーズではなく、まだ切っていないハードタイプのチーズで、サイズは優に人の顔程はあり、百マイルはあるのではないかと言う超スピードを出し、坂の上から坂の下、北西の方へと転がり落ちて行った。

 その様子を見ると、これまで関心が無さそうだった女性はコーヒーカップから口をはなし、チーズが転がり落ちる様に目が釘付けになっていた。

 チーズは坂の下へと転がって行き、見えなくなった。しかしその時、絹を裂くような様な叫び声がひびき、それから坂の下からとどろくような声が聞こえて来た。

「王様がケガをしたぞ!」

靭帯断裂じんたいだんれつだ!」

意識不明いしきふめいだ! 脳震盪のうしんとうだ!」

「捻挫か複雑骨折ふくざつこっせつをしたかも知れないぞ!」

「救急病院だ!」

 坂の下で野次馬染みた叫び声が交差する中、女性は驚いた様な感心した様な、しかしそれでいて残念そうな表情を浮かべ、再びコーヒーカップを口へと運んで一人呟いた。

「今年は思ったより、被害が大きくない様ね……」

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