第四百三十一夜『ある行方不明者-Urashima effect-』

2023/08/31「山」「苺」「最速の流れ」ジャンルは「時代小説」


 時は平安、あるところに豊かな農村があった。その村の子供達は専ら農作業の手伝いを行ない、時々他の子供達と遊んだりして暮らしていた。

 村の子供達は、村の周囲の山に入ってはいけないと口を酸っぱくして言いつけられていた。何せ平安の世である、山にはけものも居れば人知の及ばぬ地形や現象もある。いや、実際のところ人々は未知に関しての知見は少なからず持っていたが、訳の分からぬ物を解明しようとする意志と言うのはこの時代はいくばくか希薄きはくだったと言える。

 これがどう言う事かと言うと『山には危険な獣の他、訳の分からぬバケモノが居て危険だから入ってはならぬ!』と注意喚起かんきを行なう形となる。これがよくない、この様な形で注意をされては、子供達はむしろ興味を引いてしまう。結果として、子供達の間では親の目を盗んで山に入る事が度胸どきょう試しとして流行するようになってしまった。

 子供達は山でヘビイチゴを摘んで食べ、木々の枝を杖にし、虫を捕まえたりして遊び、何食わぬ顔で家に戻る。そんな日々を送っていた。


 そんなある日、子供達の間で大人たちの言う訳の分からぬバケモノと言うのは何かと言う言い合いがに起こった。

 ある子供は大人が子供を怖がらせるうそだと言い、ある子供はバケモノは居るけど姿を見せないだけだと主張し、ある子供はバケモノを探し出してやると枝を振り上げて声明を出した。

 そんなこんなで子供達は、山のバケモノが実在するならば一目見てやろうと運動をする様になってしまった。親の目を盗んで山に入り、子供なりの調査を行なう。それが彼等なりのライフスタイルとなった。


「おーい、待ってくれよ! 一人でそんな奥まで行ったら危ないよ!」

 山の調査を行っている子供達の一人が先走り、と山の奥まで先に先へと走る。その様子を見て他の子供達は心配そうな声を上げたが、先を走る子供はどこ吹く風と言った態度たいどだ。

「へっ、怖がりめ! 俺が山のバケモノなんて居ないって山中見て回ってやるよ!」

 別に子供達は怖がりと言う訳ではないし、増してや先を走る子供は特別勇敢ゆうかんな訳でもない。先を走る子供は今や木々が生い茂って陽の光が届かない山の奥へと足を踏み入れており、後方から見るとそれは、姿が見えなくなる様なやみの方へと足を踏み入れている様に見える訳である。むしろ他の子供達は人間らしさや慈愛じあいや思いやりと言った言葉の方が相応しいか。

 しかし先を走る子供は怖いもの知らずで、蛮勇で、それでいて身の程知らずだった。

(こんな山の何が怖い物か! 山中を走り回って、バケモノなんて居なかったと皆の前で言ってみせらあ!)

 そんな事を考えつつ、先を走る子供は他の子供達を後ろに引きはなす形で先へ更に先へとひょいひょいと素早く疾走した。

 すると、先を走る子供の視界に妙な物が見えた。木々の後ろから光明がれ、山の終わりへと着いたのはいい。彼の目にまずついたのは白い石造りの様に見えるさくだった。しかしこの貝の様に真っ白い柵は奇妙な見た目をしており、それでいて鉄の様にかたく、どうやって作られたか見当がとんとつかない。

「これはどこで、これは何だ?」

 すると疾風はやての様に何かが、先を走る子供の前を走り抜けた。ものすごい速さだったが、彼は何が起こったかが一応の視認は出来た。

「何だ今のは? !」

 もしや、あの牛無しの車こそが大人達が言っていたバケモノなのか? しかしこの間村の外に手伝いで出た時には、この様な物は見なかった。そして何より、今この場は山を抜けた場所であって、アレは山のバケモノではない気がする。

「帰ろう、ここに居ては良い事が無い気がするし、何より嫌な感じがする」

 先を走る子供は不安を覚え、来た通りの道を戻る事にした。


 時に、時間とは不可逆であり一方通行だと言われている。平たく言うと、時間は戻らないし時間の流れを逆にする事は出来ないのである。

 別の言い方をするならば、未来未来へと走ったとして、その未来から過去現在へ戻る事は不可能だと言えよう。


 あの村ではでもでも、妖怪だのバケモノが山に住んでいて、いたずらに子供をさらったり神隠しに合わせると伝承と言う形でずっと言われて来た。

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