第四百二十九夜『悪人に壮烈無し-I WATCH YOU-』

2023/08/29「南」「蜘蛛」「最強の存在」ジャンルは「童話」


 俺には変わった趣味しゅみがあった。往来で迷惑行為をはたらいている人間を見ると、携帯端末けいたいたんまつを相手に見える様に手に持つのだ。

 こうすると、迷惑行為を働いている人間は萎縮いしゅくしてしまう。ただ目の前にカメラの目があるだけで、悪事を働いていると言う自覚の有る人間ならばしてしまうのだ。これが楽しくなくて、何が楽しいと言うのか!

 ついでに言うと、俺は携帯端末を手に持つだけで撮影さつえいどころか操作すらしていない。中には『盗撮とうさつしてんじゃねーよ!』と見当違いの被害妄想を爆発ばくはつさせるやからも居るが、繰り返すが俺は携帯端末を手に持っているだけである。相手の目の前で携帯端末を手に持っているだけで怒りだすなど、それこそ自分が悪事を働いている自覚が有ると言う動かぬ証拠しょうこに外ならない。

 これは俺の持論なのだが、弱い人間こそが臆病おくびょうなのであり、悪人こそ弱い人間なのだ。経済的状況から見て弱いから悪事を働かざるを得ない、運が悪いからひどい目にう、悪事を働いているからカメラに弱い……本当に強い人間ならば、悪事なんて働かないのである。

 先程も喫煙禁止きつえんきんしの場所でタバコを吸っている人間の前で携帯端末を手に持ち、特に操作をするでもなく相手に見える様に相手にカメラのレンズを向ける形で手に持った。するとどうした事だろう、喫煙者はタバコを地面に落してみつぶしてしまった。

 ついでに、そのタバコを地面に落した様子もカメラのレンズでなぞる様な仕草を見せると、喫煙者はタバコを拾ってそのままどこかへ歩き去った。どうやら携帯灰皿を持っていなかった様だ。

 繰り返すが、俺は別に写真や映像をっている訳ではなく、相手に見える様に手に持っているだけだ。前述の様に『盗撮だ!』と俺を責める輩もまれに居るが、そもそも俺は携帯端末を手に持っているだけであり、盗撮なんてしていない。俺は弱い人間でないから悪事をする必要など無いし、そもそも『自分が犯罪を行なっているのだから相手も犯罪を行なっているにちがいない!』と言う発想に容易に行きつく人間とは人種が違う。

愉快ゆかい愉快、呵々大笑」

 俺は気分が良くなり、言葉とは裏腹に小さく微笑ほほえんだ。実際じっさいに往来で大声で笑い出したら、世間様の迷惑だ。俺は世間様を害する様な悪い弱い人間ではない。

 東に悪童が居れば行ってからかってやり、西に万引きをする人が居れば行って目の前で携帯端末を見せて取りやめさせ、南に自殺しそうな人が居れば自殺を取りやめる様にカメラで挑発し、北に喧嘩けんかが有れば面白がって野次馬になる。俺はそんな人間なのだ。

 その時だ。俺が全く操作していないにも関わらず、俺の手の中の携帯端末がシャッター音を鳴らした。

「何だ? 何が起こった?」

 この通りは人通りが少なく、周囲に人は居なかった。だからこそケチな悪事を働く人間も多い。ひょっとしたら俺の死角に誰かが居て、カメラのシャッターを切ったのかも知れないが、カメラのシャッター音は確かに俺のすぐ近くで鳴った様に聞こえた。

 コンピューターを用いた詐欺師はシャッター音を使って強請りを働くとも聞くが、俺の場合は少々事情が異なる。詐欺師はシャッター音を鳴らし『お前の個人情報は筒抜けだぞ!』と人をおどし、その実シャッター音と同じ音を鳴らすだけで写真など撮っていない。

 しかし俺の場合、携帯端末を操作していないしシャッター音もしないのが肝要なのだ。もしも何かのバグかスパイソフトが原因で、度々カメラのシャッター音が鳴ると言うのであれば、それこそ俺が詐欺や強請りを働くような|悪い人間だと思われてしまう!

 もうこうなると、俺はこの趣味を辞めるしかなくなってしまうではないか!

 インターネットや詐欺師は度々クモに例えられ、コンピューターの不具合はバグと例えられる。

「全く……誰の仕業か知らないが、虫の好かん奴だ!」

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