第四百二十八夜『空っぽの砂時計-bury it in the sand-』

2023/08/28「砂」「メリーゴーランド」「輝く時の流れ」ジャンルは「悲恋」


 昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪くろかみが印象的な店主と、どこかナイフの様な印象を覚える詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

 黒髪の店主は中身が全く入っていない砂時計の様な物を手で回してもてあそんでおり、従業員の青年は空っぽの砂時計を奇妙な物を見る目で見た。

「アイネさん、その空っぽの砂時計の様な物は何ですか? 空っぽである事に意味が有るとか、或いはただの不良品だったりするのでしょうか?」

 従業員の青年の素朴な疑問に対し、店主の女性は空っぽの砂時計をいじるのを止め、彼の方に目線をやった。

「これが気になるのかしら? これはね、人間の要らない記憶を吸い取る砂時計なの」

「要らない記憶を吸い取る砂時計?」

 オウム返しに聞き返す従業員の青年に対し、少々険の有る表情になった。

「ええ。この砂時計は失恋の記憶を吸い取る、心の傷跡きずあととかトラウマと言った物を摘出して忘れさせる道具として開発されたの」

「すごいじゃないですか!」

 険のある表情を浮かべる店主の女性とは対照的に、従業員の青年は歓声を挙げた。

「トラウマを摘出なんて出来るなら、それこそ医療いりょうの方面でも活躍かつやくするすごい商品じゃないですか!」

 従業員の青年は空っぽの砂時計を言葉で持ち上げるが、しかし店主の女性の表情は未だ芳しくまま。

「それがね、カナエ。この砂時計はあなたの言う通り、不良品なの」

「不良品……? きちんと動作しないのですか?」

「いいえ、この砂時計は設計通りに動作する筈だわ。問題は、失恋のトラウマを持っている人の手に何度も渡ったけど、この砂時計は一度も動作しなかったの。人間は失恋をトラウマだと言っても、同時に素晴らしい思い出だと感じていて手離てばなしたがらない……この砂時計は設計そのものが失敗だった事になるわね」

 そう言いながら、店主の女性は空っぽの砂時計を斜めにして机と指で挟んで回転させた。空っぽの砂時計は、存在しない人間の記憶で出来た砂をサラサラと落として時を告げる事も出来ず、ただただ存在意義そんざいいぎを示せずに店主の女性の指先でクルクルと意味も無く回転していた。

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