第四百二十七夜『足音と悍ましさと-phantom power-』

2023/08/26「悪魔」「オアシス」「残念な城」ジャンルは「純愛モノ」


(捨てないで)

(どうして捨てたの?)

(おいていかないで……)


 何となく違和感いわかんを覚えて目を開けると、たなの上に捨てた筈の人形がいつの間にか戻って来ていた。

 人形は棚の上で力無くうなだれた様な姿勢しせいで座っており、目からは血の涙を流していた。

「俺はいったい、あと何回あの人形をゴミに出せばいいんだ……?」


 これは俺の経験則なのだが、あれらの人形は俺の目線がある時には絶対に動かない。しかし俺が目を逸らしたり、眠るなどで意識が無かったり、或いは外出していると必ず所定の位置に戻って血の涙を流しているのだ。加えて、ゴミ捨て場からうちの棚の上に至るまでの道程に点々と血を垂らしながら歩いているらしい。

 そう仮説を立て、監視カメラの映像を観てみたのだが、俺の仮説は少々外れていたようだ。

 人形が棚の上に歩いて戻ったと思われる時間帯になるとカメラの映像にノイズが走り、ノイズが晴れると血痕付きの足跡あしあとと共に人形が棚の上に戻っている。

 人形と言うそこまで重くない物体が足跡を生じさせると言うのも信じがたいが、それに加えて速度もまた異常と言わざるを得なかった。ノイズが走っているのはわずかな時間に過ぎなかったが、それでも人形はその僅かな時間で棚まで到着しているのだから、まるでコマーシャルの間に飲み物とスナック菓子を取りにダッシュする様な速度で駆け抜けていると考えた方が近いだろう。それに加えて人形のサイズは成人男性の手の平で有に持てる程で、その大きさを考慮こうりょするならば、それこそまるで瞬間移動しゅんかんいどうの様な速度で全力疾走していると言えるだろう。

 何故俺がこんな目にっているかと言うと、元々この家は借家だったのだ。タダ同然で遊ばせられていた家屋で、曰く付きの物件だから安く借りる事が出来たと言うのが実態じったいだ。さながら小さなお化け屋敷やしきか。

 しかし、俺にとって実害はそこまで無かった。

 どうやらこの人形は家に憑いていて心霊現象を起こしているものの、住人に対して直接的な危害を加える積もりは無いらしい。あくまで気味が悪いし、確実におかしな事が起きるがそれだけだ。


 ところで俺の家だが敷地内しきちないに、家の門から玄関を通って家の内部の一部は発電床となっている。これは一種の位置エネルギーを電力に変換する装置であり……一般的に言うと床を踏むと照明が点く発電装置と同じで、つまり我が家ではが居れば、少なくない電力が備蓄びちくされる仕組みになっている。それこそが居れば、この訳アリ物件の家賃やちんくらいは賄える。

「この分なら、あと数回あの人形をゴミに出せばいいな」

 俺は頭の中で一度のゴミ出しで生じる電力を計算しつつ、電力会社に余剰電力を売った額を弾き出した。この分なら家賃はゆうに払えるし、所得が出費しゅっぴを上回るのも現実的だ。

 俺はほくそ笑みながら、部屋の棚と言う棚じゅうに数え切れない程に設置されている人形を見回した。

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