第四百二十六夜『死ぬほど高評価の動画、アップしてみた-dislike-』

2023/08/25「天国」「鞠」「役に立たない遊び」ジャンルは「ギャグコメ」


「全く……こんなもの、俺ならもっと面白い動画を作れるって」

 アパートの自室にて、パーソナルコンピューターを操作しながら誰に聞かせるでもなくぼそり呟く。

 つまらない動画やつたない作品と言うのは観ていて気分が悪くなるし、余りにもつまらないと虚無感きょむかんに包まれる。酷い動画は視聴しちょうしていた時間を返してほしくなるし、時にはクソの様な動画は拷問にすらたとえられる。一言で言うと、死んだ方がマシな作品だってところだ。

「俺に動画を作る環境や機材きざいさえ有れば、死ぬほど面白い動画をって、インターネットやソーシャルネットサービスにアップし、多くの人にバカ受けして受けいれられるだろうになあ……」

 手持無沙汰気味になり、机の下で転がっていた小さいサッカーボールを蹴っ飛ばす。部屋の中でサッカーボールは他の選手の足元へ飛んで訳も無く、かべにぶつかった。

「動画を作れる環境や機材が有れば、死ぬほど面白い動画を作れるのですね?」

 突如背後から声がして、振り返るとそこには身の丈程もある農具を手に持った農業従事者風の男が居た。

「ひっ、強盗? うちには金目の物は無いぞ!」

 俺の言葉はうそではなかった。現に俺は赤貧で、毎日無い物ねだりやよそ様に羨望をして暮らしている様な状態なのだ。

「ち、違います! 私はこの場へ融資ゆうしの話へ参ったところです!」

 そう言った農業従事者風の男は、手に持った農具をかまえる訳でも無くおどおどした様子で俺の言葉を否定した。

「まて、じゃあそのデカい農具は何だ? 俺を殺して財産を取りあげる積もりだろう!」

「ち、違うんです! これは一種の身分証明書と言うか、私は死神で契約を取りに来たんです!」

 素っ頓狂な事を言う男、どこの世界に麦わら帽子とオーバーオールを身に着け、手ぬぐいを首に巻いた死神が居るのだろうか? 食うに困った農業従事者が農具に凶器に強盗に入ったと言う方が、まだ信じられると言う物だ。

「お前がただの強盗でも死神でいいが、本当に死神だって言うなら契約する訳が無いだろ! 契約は取らないし、うちに金目の物も無いし、とにかくこのまま帰ってくれ!」

「待ってください、話だけでも聞いて下さい! お金が欲しいんですよね?」

 男はそう言うと、ポケットから分厚い封筒を取り出して口を見せた。そこには紙幣しへいの束が顔をのぞかせており、俺は思わず目を皿の様にして見つめてしまった。

「お金、欲しいのですよね? ではあなたのお言葉を信じて融資を行ないたいのですが、お話だけでも聞いていただけないでしょうか?」


 自称死神の男の言葉をまとめると、こうだ。こいつは見続けたら続きが気になる余り心身を病んだり、寝食しんしょくを忘れて死に至る様な創作物を作らせるを持っており、しかし自分ではそんな呪いの動画を作るノウハウなど無い。故に、人間相手に契約を取ろうとしているらしい。

いくら金をくれるったって、死神なんかと契約する気は無いよ。死神と契約なんてしたら、魂を取られて地獄じごくへ行くんだろう?」

 俺は一瞬金に目が眩んだが、自称死神の提案は頑として断った。しかし自称死神は食い下がらない。

「そんな、とんでもない! 呪いの動画を作って効率的に人を死に至らせてくれる人間の魂を取るだなんて、そんな事する訳無いじゃないですか! それに私は死神であって、天使や悪魔じゃありません。地獄へ落とす力も、天国へ連れて行く力も持っていませんよ!」

 言われてみればそうだ。どちらかと言うと、話に聞く死神は違約金代わりに命をうばう存在か。

だまされないぞ。そう言ってインチキだらけの汚い契約で俺をハメて、違約金に命を奪う積もりなんだろ?」

 俺がそう言うと、自称死神の男は押された様子になりつつも、しかしそれでも食い下がらない。

「……分かりました、契約不履行でも何のペナルティーも無い契約にしましょう。私はあなたの生活と動画作りに関する融資を行ないます、あなたは動画作りに専念して下さい。あなたが動画作りを完全に引退するならば、融資を断ち切りますが、それ以上のペナルティーは無い。これでいかがですか?」

 自称死神はそう言って少なくない額の現金を机の上に積み、神妙な顔でこちらの出方をうかがっている。しかしすごい量の現金だ、一生遊んで暮らせる訳ではないが、これだけあったら欲しかったコンピューターや周辺機器しゅうへんききを買えるし、しばらくは羽振りよく暮らしていけるだろう。

「分かった。これで俺の夢が叶うと思えば、願ったり叶ったりだ。契約をしよう」

 こうして、俺は動画作りを始める事になった。長年面白い動画や、面白くない動画を見続けて来たのだ。動画作りなど朝飯前だ!


 そんな事は無かった。見るとやるとは大違いと言う事か、俺の動画づくりはぎこちなく、たどたどしく、自分の想像とは全然異なった。

 まず自分の声が聞きにくい。発声訓練などした事無い俺には、百戦錬磨のベテラン動画投稿者の様にハキハキと聞き取りやすいトークは土台無理だったのだ。

 次に、動画を作ろうにもカメラが前にあると思うと普段通りに動けない。結果として、俺の撮った動画に移る自分は技術の発展途中のオンボロロボットの様な有様だった。

 更に言うと、エッセンスやディティールとでも表現すべき部分がてんでダメだった。俺は視聴者しちょうしゃが何を求めていて、何が視聴者から受け入れられるか理解している積もりだ。しかし実際に動画を撮るとなると、これが面白いのか? 視聴者はこれを求めているのだろうか? そもそも面白い動画とは何なのだろうか? そう言ったネガティブな思念に囚われ続けた。

 こうして出来た俺の最初の動画だが、再生数は一桁、ついているコメントはあるものの好意的な物とは言いがたく、人気を示すハートマークの数はゼロだった。

 あの死神は動画の出来を問う様なことは言っていなかったし、動画を作り続けてくれればそれで良いと言っていた。加えて言うと、その動画作りをボイコットしてもお金がもらえなくなるだけだ。

 俺は仕方が無しに動画を作り続けるしかなかった。勿論あの死神は動画の影響力えいきょうりょくが無い事に文句を言って、融資を切ると言って来るかも知れない。いやいや、アイツは動画を作れさえ作り続けて居ていれば、それで良いとも言っていたのだ。例えヘタクソでも動画を作っている限り、俺は契約を遵守じゅんしゅしている事になるし、むしろ違約金を貰うのは俺の方と言う事になる!

 俺は動画作りの休憩きゅうけいがてら、自分の動画の再生数や内容を再確認した。

「しかしこの動画、死ぬほどつまらないな……」

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