第四百二十五夜『布の中、空の上、ここではない場所-no clothes-』

2023/08/24「地獄」「虫アミ」「残念な子ども時代」ジャンルは「純愛モノ」


 子供の頃、タオルや布団やカーテンにくるまってたわむれるのが好きだった。

 親や周囲の大人は、そんな俺を叱った。そりゃそうだ、たたんだ洗濯物せんたくもの滅茶苦茶めちゃくちゃにされたら困るだろうし、それにカーテンにくるまって遊ぶなど、カーテンの部品が壊れてしまう。

「そんな事をしていると、一反木綿にお化けの世界に連れていかれるよ!」

 俺の地元では、そう言った伝承が存在した。何でも布に擬態ぎたいしたお化けがこの地帯には昔から生息していて、布にくるまって遊ぶ悪童を空の向こうのお化けの世界に連れて行くと言う内容だ。なるほど、タオルで悪戯いたずらをする子供をしつけるために昔から存在しているお化けと言うのはありそうな話だ。

 しかし物心がついたころの俺の記憶には、に落ちない物があった。

 あれは暑い夏の日だった筈、俺はタオルにくるまって転がったり、タオルを被って遊んだりしていた。その時まるで強力な扇風機せんぷうきあおられた様な、ジェットコースターに乗って胃が浮く様な感覚に包まれた。

 その後の事を俺は覚えていない。幼児の頃の記憶だなんてそんな物なので、深く気にした事はなかったのだが、タオルにくるまって強風で吹き飛んだような感覚に包まれた後、季節はすっかり秋になっていた。

 俺はその事を特に気にしたりはしていなかったのだが、俺がタオルにくるまっているのを見つけた母親が、普段よりはげしく怒られた。子供の時と言うのはこっぴどく叱られたり、或いは理不尽に怒られた記憶は強く固着するものだ。俺はあの時何故あんなに激しく母親に叱られたのか理解出来ず、母親が母親ではないのではないかとうたがいすらしたのを覚えている。


 今俺の目の前には、まだ幼い娘が畳んだタオルを目の前にして突っ立っている。目に入れても痛くない愛娘で、ついこの間まで悪戯者だったが、俺のしつけが功を成したのだろう、ここ最近はすっかり大人しく悪戯らしい悪戯はしなくなっていた。つい先週はタオルが畳んでいるのを見ると、はしゃいで飛び込む様なヤンチャな子だったが、タオルに飛び込む子供は一反木綿にお化けの世界に連れて行かれるぞ! と言い聞かせると、すっかり大人しくなった。

 俺は畳んだタオルを見ても興奮こうふんしていない娘を抱き上げ、頭をでた。娘は大人しく抱っこされたまま、俺の腕の中ですやすやと重くなった。

 はて、ここまで大人しいと違和感いわかんすら有る。畳んだタオルに飛び込んでいた頃の娘は、俺に抱っこされるとひげを理由に嫌がる仕草を必ずしていたが……

 ふと窓を見ると、どこかの洗濯物が風で吹き飛んだのだろうか? 白いタオルがまるでつむじ風を形作る様に空へ空へと舞い上がっていた。

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