第四百二十三夜『何らかの庇護下-Abel-』

2023/08/22「太陽」「破壊」「ゆがんだ殺戮」ジャンルは「ホラー」


 懺悔室ざんげしつに罪人を自称する男が来ていた。懺悔室に人が来たのだから、神父はその告解を聞く運びとなった。

 ここまでならばよくあるなのだが、この男の告解には不思議な点がいくつか見受けられた。

「始まりは些細な事でした。あれは、俺が荷物を持って歩道を歩いていた時の事です…」

 男が言う事には、歩道を歩いていたところ危うく自転車と正面衝突しょうめんしょうとつをしかけたらしい。男はその際に手荷物で自分を庇ったのだが、なんとその時に自転車に乗っていた人物の顔面をしたたかに打ってしまったらしい。幸い大きな事故にはならず、自転車に乗っていた人物も無事だったのだが、しかしそんな事でわざわざ懺悔室まで告解に来る人間等存在する訳が無い。

「俺はアレ以来、歩道を自転車で飛ばしている人間をそれとなく殴る事に快感を覚え、積極的に歩道を走っている自転車運転手の顔面を殴る様になってしまったんです!」

 神父はこの告解聞き、少々困惑すると同時に違和感を覚えた。何せ悪事や罪悪感を聞くのは神父にとっては仕事の一環なのだが、しかしこの罪の告白を行なっている男は少々特殊と言わざるを得なかった。何せ自転車は車なのだから、厳密げんみつに言うと歩道を走るのは違法だ。しかし不法を行なう人間を相手に私刑にかけたり、他人をいたぶる事を肯定するのは道徳的には認めざるを得ない事だ。

「どうぞ続けて下さい」

 男の告白は続く。自転車とわざと済んでのところで自分を庇いながらギリギリ衝突する様、心掛けて来た事。自転車相手に「気を付けろ!」と怒鳴りつけ、自分が遵法精神じゅんぽうせいしんにあって、相手こそが無法者だと知らしめると幸福感に満たされる事。自転車がクラッシュして、乗っていた人がひざにケガをした時には絶頂を覚えた事。この間は自転車に乗っている人に手荷物で接触し、相手の眼球を使いものにならなくしてやり、それに気が付かない振りをしながら被害者面をし続けた事……

 罪の告白を聞くにつれて、神父の心には違和感が次第に大きなしこりとなっていき、確信へと変状していた。と言うのも、この男は罪の告白をするために申し訳無さそうにしていない。自分が悪を行なっている事を楽しみ、そして法的には自分に非が無い事を理解した上で告解にわざわざ来ているのだ! 無論自分が悪を楽しんでいる事を悔やんでいると言う告白なら理解は及ぶが、この男はむしろ自分が悪を行ないつつも捕まらない事を楽しむ一環として懺悔室に赴いている!

 その時、神父は気が付いた。この男が相手を傷つけるのは危険運転をしている自転車だけであり、逆に言えば他人を傷つけうる人間に対して害は行なわない。そして、世の中には無性に殴りたくなる様な態度たいどであったり顔をした人間と言うのは存在する。懺悔室では相手の顔の確認はできないが、きっとこの男はそんな憎々しげな顔をしているのだろう。

 何人なんびとも、罪人を殺す者は七倍の復讐ふくしゅうを受ける。恐らくは自転車で接触事故を起こした、その七倍に相当する罰がこの男が語る事故なのだろう。そしてきっと、このかんさわる様な喋りの男は、ある種の神の寵愛ちょうあいを受けているに違いない。

 神父の頭の中には、煌々と照る太陽の下、酷く憎たらしい雰囲気を身にまとった男が、自分におそい掛かる人間を次から次へと事故に見せかけて害する様が見える様だった。

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