第四百二十二夜『暴力ヒロインについての散文と考察と実践-Gaea's Cradle-』

2023/08/21「太陽」「箱」「悪の関係」ジャンルは「ラブコメ」


 世論は暴力ヒロインに対してきびしい。しかし私はむしろ暴力ヒロインそのものに関しては、特に悪い感情を持っていない。

 そもそも暴力ヒロインとは何ぞや? と言う話をするべきかも知れないが、狭義きょうぎには主人公格に暴力を振るうヒロイン、広義には主人公格に対して言動や態度たいどが暴力的なキャラクター全般ぜんぱんだと言うべきだろう。

 ここで注意していただきたいのだが、正当性も無く愛情表現として暴力を振るうキャラクターを作っても読者は嫌悪感けんおかんを抱くだけと言う事である。思慮しりょなくキャラクターに暴力を振るわせる事は、思慮の無い子供がおもちゃ箱をひっくり返した様に等しく、しつけのなってない児戯じぎを見せられる事に外ならない。

 私が暴力ヒロインを否定しない理由なのだが、私は主人公格がケチな悪事を目論んでは身内から折檻せっかんされる展開に安心感を覚える。逆に主人公格が覗きなどの悪行をはたらいておきながら何のしっぺ返しも受けないシナリオには忌避感きひかんを覚え、未完成品の烙印すらしたくなる。

 相手が女性だろうが男性だろうが、そんな些細な事は関係無い。例えば悪の組織の女性幹部が失態しったいを演じ、上司から怒鳴られたり懲罰ちょうばつを受け、悲壮感のある表情を浮かべたりするのはむしろ消費者しょうひしゃの望む事であり、勧善懲悪かんぜんちょうあくと言う一種の完成品、まさしく創作として正しいと言えよう。

 故に、私は正当性が見受けられる分には暴力ヒロインはむしろ正しい存在だと肯定している。だってそうであろう、例えば主人公が強盗殺人を行ないつつも登場人物全員から正面から全肯定され、葛藤かっとう一つせず、傍らに居るパートナーもパンチや皮肉や侮蔑ぶべつの念も全く無し、それでいて主人公自身も自責や自罰を全く考えないならば、それは消費者の事を全く考えていない作品としか言いようがない。くだらぬ悪事をはたらき、コミカルに仕置きを受けるのは黄金律と評してもよい類型なのだ。

 そもそも人間は自責の念を覚える生物なのである。自分の過去に負の念を抱き、忘れるために逃避とうひを行なったり、自罰的な感情や行動を取る事もある。誰かから叱られたり罰せられると安心感を覚えるし、罪を許して欲しくて告白をする。その様な心理を理解出来ず、全面的に暴力ヒロインを否定する人物が居るとするならば、その人物は精神構造が人間のそれではないと言えよう。

 無論暴力ヒロインの描写に問題があり、その在り方を否定する意見は理解出来る。正当性の無い折檻はただの暴力でしかないし、現実的な描写の暴力もただの暴力でしかない。

 これに関して、私は具体的な描写は省くが非がある主人公格が酷い目にって後悔すると言う描写を入れる。或いは、非現実的な非殺生性武器を用いる手段が丸いと考える。全社であるならば、こっぴどく叱られただけかも知れないし、殴られなかったかも知れない。後者であるならば、作中に流通している非現実的な武器ならば酷く痛いが適度な応報だと説得力を持たせる事も可能だろう。

 しかし私は以前、興味深い意見を見た事がある。

『両者の力が拮抗するならば、それは暴力ヒロインとして成立する』

 なるほど。この一文だけでは頷きかねるが、両者が全力で殴り合っても、それがただのじゃれ合いとしか互いに認知出来ない頑強な肉体の持ち主ならば、それは暴力を振るっても何の問題も無いと言う事か。

 その意見を取り入れた場合、どうなるだろうか?


          *     *     *


 昔々あるところ、地の神々に属する娘が居た。彼女のかみはトリカブトの様に毒々しい青で、その目は狙いを定めた猛禽もうきんの様に鋭く、肌は彼女のそのまた母がそうである様に砂塵さじんが舞う大地の様。彼女にあしは無く、代わりに獲物えものを締め上げて窒息ちっそくさせる大蛇の如き下半身を持ち、地の神々は誰しも彼女を世に二人と居ない美女だと賛美さんびした。

 彼女は名を蝮姫マムシひめといい、その外見から言い寄る地の男神やその眷族けんぞくこそ多かったが、彼女はより素敵な男性を夢見て生きていた。

 そんなある日の事、地の神の女王が産気づいた。大地は鳴動し、山々は震え、星々は煙り、そんな中生まれた地の神の王子は誰よりも大きく強かった。

 地の神の女王は生まれた王子を見て満足し、彼こそが天の神々を引き裂いて倒すだろうと確信した。何せ彼は地の神の女王が天の神々を討つ必要に迫られて産んだ神なのだ、生まれた瞬間しゅんかんから地の神々の中で最も強い戦士である事は必然であった。

 この事は地の神の間でも雷鳴の如く知れ渡られ、ある神は自分より強い王子の存在を疑って顔色を伺いに向かい、ある神は女王と王子に敬慕の念を抱いて馳せ参じ、そしてある女神は王子に対して興味を持って近寄った。

 蝮姫もそんな女神の一柱で、天神共を引き裂いて殺そうと自信満々に言う王子とは如何様な神なのだろう? そう好奇心を持ち、一目顔を見ようと王子の元へと近寄ったのだった。

 そこには理想的な戦士が居た。背丈は天をする程高く、腕もたくましく、地の神の誰よりも偉丈夫であり、脚部もまた理想の男性像と言うべきか力強いのだが、それでいて礼儀正しくを巻いており紳士的な印象を与えた。下馬評に違わず筋骨隆々、しかしその表情はどこかあどけなく文字通りの正義の味方ベビーフェイス、それでいて正真正銘の魅力的な王子様こそが彼だった。

 蝮姫は王子を見た瞬間、全身に電流が走った様になり、五臓にこれまで感じた事の無い感覚が走り抜けた。一言で言うと、一目惚れである。

 蝮姫は顔と言わず耳まで……いや、それこそ全身が紅潮するのを感じ、そしてその場に釘付けになってしまった。あの素敵な男性をずっと見ていたい、しかしなんと声をかけたらいい? もしこの瞬間、誰かから声をかけられたらどうすればいい? いや、そもそも私は何をすればいい? その様な考えが次から次へと浮かんでは消え、結局何も出来ずに棒立ちしていた。

 その時である、誰であろう王子様その人が蝮姫の方を見て、そして近づいて来たではないか!

 これにはもう、蝮姫は内心大慌てである。自分は何をどう何をすればいいかと思案するも考えが全くまとまらず、頭の中は真っ白、しかし相手から目をはなす事も出来ず、何か言おうにも全く舌が動かない。

 そんな中もう相手の息がかかる程の距離きょりまで王子様は近寄り、そして彼は蝮姫に言った。

「そこの美しい貴女あなた、一目惚れだ。私が天神達を下したあかつきには、どうか私の伴侶になって頂けないだろうか?」


 戦争に赴く男女となれば、通常は悲恋である。しかし、王子様は下馬評通りの男だった。地の神々の保有する最強の戦士であり、天神を引き裂いて討つために生まれ、そして有言実行と言わんばかりに雷神のすねをバラバラに引き裂いて倒してしまい、太陽に向って火をいて威嚇いかくすると、太陽は恐れをなしてはるか南へと逃げてしまった。全ては神様の言う通りなのである。

 いや、もう一つ有言実行すべき事がある。凱旋して来た王子様は蝮姫を妻にめとり、幸せな蜜月みつげつを過ごし、子宝にも恵まれた。

 ところで、繰り返す事になるが蝮姫に脚は無く、下半身は蛇のそれである。

 そして蛇の交尾とは、互いに互いの体を巻きつかせて行なう。それこそ下半身が大蛇の様な蝮姫、夫の下半身を力強い抱擁ほうようと言わんばかりに下半身で締め上げて情事に及んだ。

 これには地の神々最強の王子様も、最愛の妻にされるがまま。文字通り妻相手に尻尾を巻いていた。

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