第四百二十一夜『億劫なお見合い写真-prince charmless-』

2023/08/19「過去」「コーヒーカップ」「見えない枝」ジャンルは「悲恋」


 壁面へきめんつるが這ったどことなく幻想的な家の中に、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪が印象的な女性が住んでいた。

 黒髪の女性が見ているのは様々なお見合い写真、しかし女性は写真を次から次へと眺めても芳しくない顔をするばかり。それもその筈、彼女に送られてきた写真はどこかおかしく、はっきり言って非常識ひじょうしきだった。

 ある写真は一糸まとわぬ綺麗きれいなガイコツが写っており、服を身に着けていないくせに腕時計だけはしている。そもそもすっかり死んでいる男性の写真をお見合い写真に出す意図が分からない。

 ある写真は人間ではなく、可愛らしい猫が写っていた。いや、人間の男性も写っているのだが完全にフォーカスは膝の上の猫に絞られており、人間の男性は顔すら全く写っていない。きっとこの写真を送った人間は、悪ふざけで写真を送ったのだろう。次!

 ある写真には人間ではなく、巨大な卵黄が写っていた。最早意味が分からない、ガイコツならばまだ人に因っては性別が分かるだろうが、卵黄ではそれも分かる筈がない。

「今回も完全にハズレ、私にとってのアダムは何時になったら現われるのかしら?」

 黒髪の女性はお見合い写真をテーブルに置き、すっかり冷えたコーヒーをティーカップからちびりちびりと口につけて飲んだ。

 一応、彼女の元には真っ当な男性の写真もいくつか届いてはいた。ある写真は柔和そうで紳士的な男性が写っており、何でも家畜の調教を生業なりわいにしている人らしい。しかしこう言った無難な写真こそ、彼女にとっては何度も心を折られた過去がある。

 黒髪の女性には、一種の運命が見えていた。この写真の男性の人生は枝分かれしており、今から先栄光を掴むかも知れない。しかし彼女と関係を持ったら最後、彼の人生は転がり落ちる様に失敗してしまうだろう。何故なら彼女の人生はこれまで延々と必ずそうだったし、これからも必ずそうだと知っているからだ。

「でもひょっとしたら、万が一つにでも、初めての成功例になるかも知れないわね……」

 黒髪の女性は何百回も見て来た失敗例を思い出しながら、写真の男性次の犠牲者逢瀬おうせするべく、セッティングを試みた。

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