第四百二十夜『蠱惑的な指輪-The one ring-』

2023/08/18「灰色」「指輪」「魅惑的な魔法」ジャンルは「指定なし」


 気が滅入めいる様な、曇天どんてんの日の事だった。昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どこかナイフの様な印象を覚える詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

 従業員の青年が商品の配置を行っていると、ある商品が琴線に触れた。それは口を開けた箱に入った指輪で、波を形成した茶色い瑪瑙メノウがよく目立つ様に丸くカットが施されて付いていた。

「その指輪が気になるの?」

 店主の女性に後ろからそう声をかけられ、従業員の青年はハッとして彼女に謝った。

「すみません、アイネさん。その、怠けていた訳では無くて……」

 従業員の青年は言い訳をしながら、心の中で違和感を覚えていた。彼は宝石に目が無い訳では無く、この店では他にもガラス細工など目をく様な美しい商品はある。にも関わらず、この宝石の付いた指輪を見ていると何故だか呆けてしまっていたのだ。

「いいえ、気にしないでくださいな。その指輪、いわゆる曰く付きの代物なの。カナエが目をうばわれるのも仕方無い事だと思うわ」

 店主の女性はそう言うが、従業員の青年は罰が悪そうにしたままだ。曰く付きの指輪だか何だか知らないが、それを理由に呆けてしまっては立つが無いと言った態度か。

「すみません、今作業に戻ります」

「そこまで厳密げんみつにならなくてもいいのに……ところ丁度お客さんも居ないし、その指輪の曰くについてお話してもいいかしら?」

 従業員の青年はささやかな失態をした事もあり、断れなかった。もっとも、店主の女性は主にこう言った話をする時楽しげに語り、それが目的で彼を雇った風ですらあった。

御幣ごへいを恐れずに端的たんてきに言うと、その指輪は他人から愛される様になる指輪なの」

「他人から愛される様になる指輪ですか?」

 従業員の青年は作業をしながら、オウム返しに聞き返した。

「ええ、その指輪を着けたら理想の恋人がきっと出来るわ。それはそう言う指輪なの」

「すごい指輪じゃないですか! でも曰く付きって言う事は、それで終わらないんですよね?」

 従業員の青年の言葉に店主の女性はニヤリと口角を上げ、ほおに手を当てて微笑ほほえんだ。

「ええ! この指輪は、身に着けた人間を無理矢理ヘテロやバイでなくすの。平たく言うと、同性にしか性的興味を抱かなくなるわ。つまり、その指輪が作る理想の恋人はつけた人と同性って事になるわ」

 指輪の曰くを語る店主の女性に対し、従業員の青年は自分が指輪に魅了されかけていた事を思い出し背筋が凍った様になった。しかしそれと同時に彼の脳裏には一つの疑問も浮上した。

「その指輪、身に着けるとヘテロやバイでなくなるのですよね? 元からホモセクシャルの人が着けたらどうなるんですか? まさか無害になるのか、それともやっぱり無理矢理嗜好しこうを変えられてしまうんでしょうか?」

 従業員の青年の言葉に対し、店主の女性は口角を上げたまま、しかし少々残念そうに額に手を当てて答えた。

「それがね……私としてもそれを知りたいのですけれど、その事を説明して身に着けてくれる人が居ないの!」

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