第四百十九夜『外の世界から来た金色の髪-foreigner-』

2023/08/17「月」「ヤカン」「激しい存在」ジャンルは「指定なし」


 外の世界から金色の人が乗り物に乗ってやって来た。

 金色の人は神様で、金色の人をもてなした人に恩寵おんちょうを与えてやろうと思いました。

 しかし意地悪な人達は金色の人をもてなさず、石を投げたり唾を吐いたりしました。

 これに怒った金色の人は太陽を丸呑みにし、空に月が出たままにしてしまいました。

 これにおどろいいた人達は、金色の人をもてなしたり謝ったりしました。

 これを見た金色の人は太陽を吐き出すと、そのまま金色の世界へと帰って行きました。


「以上が、我が国に伝わる伝承です」

 応接室の中に二人の人間が椅子に座っていた。一人はこの国の政治家らしい黒髪くろかみの人間、もっと言うとこの国の現国王。もう一人は船乗りらしい格好の金髪の男性で、簡単に言うと国王自ら客人をもてなしている最中だ。

 さて、応接室の中に二人の人間が椅子に座っていたとは言ったものの、この部屋には国王と船乗りしか人は居なかった。勿論部屋のすぐ外には衛兵が待機たいきしており、人払いをしている形となっている。

「なるほど、それで船から降りた我々は現地人から歓待を受けたのか」

 船乗りは船長であり、港に船を止めた時点で現地人からそれは大変な歓迎を受けていた。時に、こうして言葉が通じている事から分かる様に、船長はこの国の文化を知っていて停泊をした。自分が金髪であり代表者面をしていれば、それで船員全員が歓待を受ける事が出来ると船乗り仲間から聞き及んでいたのだ。早い話が、彼らがこの国を訪れたのは打算によるところだった。

「ええ、そこで金の髪を持つあなたにお願いがあります。もしあなたさえよろしければ、ずっと我が王朝へ、私のために滞在を続けてはくれないでしょうか?」

 国王の申し出は船長にとって言語道断だが、それでいて魅力的みりょくてきでもあった。何せ彼の船には本国へと持ち帰るべき積み荷がごっそりあり、しかしこの国の人々は金髪の人間を大変もてなしてくれる。

「ご厚意はありがたいのですが、しかし……」

 しかし、船長には国王の申し出は引っ掛かる物を覚えた。何せこの様に人払いをして二人切り、こうなっては確実に秘密のやり取りとしか考えられぬ。勿論船長が金色の神様などではない事を秘密にしたいのかも知れないが、船長の脳裏には他の考えがあった。

(この国王、王朝がどうとか私のためにとか言ったが、さてはこの国は絶対王政ではなく、そもそも一枚岩ですらなく、王権が危ういな?)

 船長の推測は事実だった。この王国の政治力は王一人の物ではなく、そこに金色の人が来たから王の名の元にもてなし、金色の異邦人からも気に入られる偉大なる王を演じようと言う腹積もりだった。

(はてさてどうしたものか……国王の政敵を誰か突き止め、そいつと交渉する形で俺への更なる待遇を要求し、密告と言う形で国王からさらにしぼれるだけ搾る! これが良いか)

「国王陛下、ここへと案内される途中で陛下の街を拝見しましたが、大変見事な物でした。豊富な作物に活気のある街並み、大きな石造りの社も立派ですし、この王城も大変繁栄はんえいしており、この様な物は俺の故郷こきょうにもありません。しかし陛下の物言いでは、この王朝の中に陛下の敵が居る様に聞こえます」

 船長がそう言うと、国王の顔がくもった。図星を点いたと言った所か。

「ええ、実は拝み屋の連中が最近民の歓心を買っており、加えて私のやる事為す事を指摘して何かと要求をしているのです。」

「なるほど、拝み屋……ですか」

 船長の頭の中では、厳粛げんしゅくな服装をした法王の様な姿の現地人が、国王の演説に沸騰ふっとうしたヤカンの様に湯気を立てながらヤジを飛ばしているのが見える様だった。無論想像通りの姿をしているなんて事はあるまいが、国王が話した内容は船長の常識じょうしきからも想像が出来る範疇はんちゅうの光景だったと言える。

「うむ、奴らは拝み屋と言う地位に満足していて、権力を直接要求したりはしません。しかし、私の顔色を伺って毎日の様に『おう神々よ! この様な暗愚あんぐな王ではなく、よりよい為政者は居りませぬでしょうか……』と脅迫きょうはくまがいの事を毎日の様にするのです」

「なるほど、それで俺に神様の化身として王様側の味方として王室に居て欲しいと……」

 船長の頭の中では考えがまとまりつつあった。この国は豊かだし、国王は自分を手元に起きたがると言う事は待遇は絶対に良いだろう。逆に、待遇が良くなかったら拝み屋とやら味方に付けばいいのだから、国王は金に糸目は付けない筈だ。

「分かりました。国王陛下の側に付きましょう!」

 船長がそう宣言すると、国王の顔は晴れ、パッと陽光が差したようになった。

「それは喜ばしいばかり! それでは気が変わらぬうちに署名をお願いします。おい!」

 国王がそう言って手を打って渇いた大きな音を立てると、部屋のすぐ外に居た衛兵らしい二人が何やら巻物と儀式用らしい刀剣を持って部屋へ入って来た。

「さあさあ、善は急げです。早急に読んで署名をお願いします」

 何やら国王と家来二人の様子がおかしい。まるで獲物えものを逃してはいけないと言った風の目をしており、はっきり言って執念的な物すら感じられた。

「ええと、その剣は血判か何かに使う物ですか?」

 船長がそう尋ねると、家来二人は無機質むきしつに無表情なまま、国王は満面の笑みを浮かべて答えた。

「いいえ。これは金色の人の心臓しんぞうを取り出し、祈祷をした後に拝み屋の皆で食べたり飲んだりするための儀式剣です。さあ早く署名を、主に生前葬せいぜんそうや儀式の内容、それから死体の扱いについて書いてありますから」

「失礼します!」

 船長は国王の言葉を最後まで聞かず、王城から逃げ出した。その後、特に誰から妨害されたりする事もなく港まで全速力で走り抜け、そこで飲めや歌えやの騒ぎをしている船員達を回収し、その足で船に乗って元の国へと舵を取った。


「いやはや、此度こたびも上手く行った様ですな。陛下」

 この様子を見ていた老人が、国王に対して語りかける。

「うむ。我々なりのやり方でもてなしたが、遠慮えんりょをされてしまったのだから、我々には何の瑕疵かしも無いな!」

 国王に話しかけたのは拝み屋を束ねる組織そしきの長で、その役職を大神官と言った。

しかり、然り。陛下は客人をもてなし、国民に祝日とうたげ下賜かしされました。これは私共わたくしどもの目から見ても正しい事であり、国民から見ても立派な事でしょう」

「伝統に従い、国民から愛され、神官からも正しいと評される立派な王。この様な風評や事実があれば、はくが付くと言うものだ」

「あの様な祭りを毎日城下で行なわせていては、国庫がいくらあっても足りませぬが、陛下は本当に良いアイディアをお持ちだ! これなら国民の心象が良いまま、国庫が立ち行かなくなることも無い!」

「うむ、生贄いけにえになりたい人なんて居る訳無い。居る訳無いが、仮にそんな物好きが居たら、心臓を切り抜く儀式を形だけして、金色の人の本質は摘出したから祭りは終わりだ! とでも言えば、面目も立つからな」


 一方その頃、船長は自分の体験した恐ろしい伝統を航海日誌につけていた。何せ危うく心臓をくり抜かれかけたのだ、あの様な恐ろしい土地には二度と行くまい。

 本音を言えば、あの様な国は存在してはいけないと思うのだが、あくまで彼らは自分の自由意志で心臓を切り抜く事をすすめていた。これを理由に戦争をふっかけたのでは、吹っ掛けた側が条約違反の野蛮国だと言われてしまう。

 しかしに落ちないのは船員達だ。この場に居ては心臓を切り抜かれると聞いて逃げ出したものの、現地人からその様な雰囲気ふんいきは全く感じられなかった。そして船長の言動から、心臓を危うく切り抜かれそうになったのは代表者一人だと勘づく者も居た。

(次は別の船に乗れば、再びあのご馳走ちそうにありつけるのではなかろうか?)

 こうして再び、金色の人がかの国を又聞きの形で訪れる事になるのだが、それはまた別のお話。

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