第四百十六夜『応報論者達-death penalty-』

2023/08/13「地獄」「車」「最高の可能性」ジャンルは「青春モノ」


 賢王党の党首でもある霞氏かすみしと言えば、苛烈かれつな発言をする人物として知られている。

 特に彼の発言やマニフェストで有名なのは受刑者に関する物で、曰く犯罪者はもっと激しく罰して苦しめるべきであり、それこそ死刑囚なぞ苦悶の死を迎えるのを民衆は大いに眺めるべきだそうだ。

 犯罪者をはげしく罰し、犯罪者予備軍を恐怖で震え上がらせ、そうして犯罪を撲滅ぼくめつする! それこそが霞氏の主張であった。

 霞氏の市井しせいでの評価は平たく言うと、賛否両論だった。ただ政治家を叩いたり揶揄やゆしたい者、霞氏の主張は現在の刑法の考え方では廃れて久しい物だと真っ向から批判する者、もしくはただ単に直感から霞氏を暴力的な人だと嫌う者も居た。その一方で犯罪の被害者で受刑者が殺人を犯したにも関わらず生きていたりする者、現在の刑法や司法に疑問を抱いている者、もしくは霞氏の持つ魅力みりょくやカリスマにあてられて彼のシンパとなった者等、様々な人が居た。


 そんな中、霞氏を真っ向から対立せんとする人物が居た。彼はムッシュ・音無おとなしと名乗る男で、元はテレビタレントだが現在はニュースのコメンテーターを主に行っている。そんなムッシュ・音無だが、個人の罰とは罪に応じた物であるべきとの主張をもって彼を否定していた。

 別段ムッシュ・音無は霞氏を全否定などしていなかった。刑罰には抑止の役割りがある事など誰だってそれとなく理解しているし、彼だってそれは承知だ。

 しかし見せしめにしてさいなむのが罰の目的と言うのはおかしい、ドストエフスキーだって自責の念とは罰の一環であると記している。その人の罰とはその人個人の物であって、他人に見せびらかす目的で重くしたり軽くしたりしてよい物である筈があるだろうか? 罪人の首を一刃の元にねる予定だったが、観衆がそれを望むので切れ味の悪い斧で何でも切りつける形での斬首に変更などしたら、それは逆に司法の崩壊ほうかいないし司法の持つ力を疑っているのと同様ではないか?

 ムッシュ・音無は頭がキレ、舌もキレる男だった。相手がモニターの向こうなのだから、平気で何でも言えると言う人間でもなかった。彼は霞氏を不俱戴天ふぐたいてんの仇とでも思っているのか、そのよく切れる頭と舌で学説ではどうだの、過去の人の発言ではどうだの、歴史的事件ではどうだの、ムッシュ・ド・パリの仕事まで例えに持ちだしてあの手この手で指摘した。

「そこまで仰るなら、一つ企画でもやってみませんか? お題はそうですね、『霞対音無、法律対談生放送!』とか」

 そう言われてもムッシュ・音無は全く怯む様子も無かった。よく考えずに、されどもしも実現したならば願ったり叶ったりと、二つ返事で了承する。


「貴方が音無か、話はうかがっている。何でもわたしに対して意見しているとか」

 ムッシュ・音無が話半分で了承した話は、おどろくほど容易に実現してしまった。

 何せ霞氏はマスメディアと名の付くものが何でも大好きで、つまりはテレビに対して良い感情を持っていたのである。無論、彼の言うテレビ好きと言うのは凶悪犯罪や判決に関する報道であり、もっと言うと等しく全ての人間が気軽に死刑執行を見物出来れば良いと常日頃主張している。

「これは霞さん、お初にお目にかかります。本日はお手柔らかにお願いします」

 ムッシュ・音無は霞氏と対談出来る事におどろきこそしたものの、全く物怖じはしていなかった。彼は気に入らない事に怒りこそすれど、基本的に礼儀れいぎ正しく、怒った際もえりを乱したりしないのである。


 こうして始まった二人の対談だが、ムッシュ・音無にとっては普段のニュースのコメンターとさして変わらなかった。霞氏の方も、対立する議員が居ようが何だろうが我を通す人物であり、テレビ局で議員相手でなくとも全く普段通りであった。

「何を言う! 悪人を痛めつけ、苦しめ、その様をテレビでも何でも使って伝播でんぱさせ、その結果犯罪者予備軍が震えあがる。これこそが犯罪の抑止であり、社会の幸福だ。なぜ貴方にはそれが理解出来ん?」

「ですから! 罪人をいたずらに傷つける事こそ人権軽視であり、時代錯誤じだいさくごなのです! 悪い事をしたら刑務所に入れられる、それで充分です」

「時代錯誤は貴方の方だ! そもそも現代は罰が軽すぎる、社会的制裁も生ぬるい! 人間とは痛くしなければ何も覚えぬ生物なのだ、悪人は鞭打むちうたねば更生もままならん。刑務所は恐怖の場でなければならぬ、恐ろしく苦痛の伴う場所でなければ犯罪は抑止出来ん!」

「刑務所は恐怖の場ではなく、更生の場です! それに暴力を振るわれた人間は、次は自分が暴力を振るう側になろうとします! あなたの言う刑務所は欠陥しかありません!」

「何を言う! 痛みと恐怖で罪人を萎縮いしゅくさせてこその刑務作業ではないか! そうして罪人は更生の果てに、次に罪を犯せばまた鞭打たれると言う恐怖を……」


 その時であった、生放送中に緊急速報と言う形でニュース速報が入った。出演者はモニターが見えているので、その様子も目に入る。

 速報の内容は、凶悪犯罪を犯して服役中だった死刑囚が自動車を奪って逃走したニュースの続報で、犯人は高速道路を逃走中、カーブを曲がり切れずにそのままかべにぶつかり自動車は大破、犯人は車内で発作を起こして死亡が確認出来たとの事。

 この事件を聞いて、二人は大いになげいた。

「「くそ! 司法の手で裁いて苦しんで/苦しまずに死刑になるべきだったのに!」」

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