第四百十四夜『創った物、盗まれたもの-Notion Thief-』

2023/08/10「天」「墓標」「新しい殺戮」ジャンルは「学園モノ」


 樽編だらむ大学の阿井あい教授といえば工学科の傑物けつぶつで、その道では中々有名な人物だ。彼の現在の研究分野は人工知能と創作に関してであり、論文を書いている真っ最中だ。

 しかしこの分野は敵も多い。ただ意見を集めるための取材やアンケートであって、阿井教授本人の主張は何もしていないにも関わらず、彼にみつくやからも少なくなかった。昨今では人工知能が盗作を行なう事も少なくなく、槍玉に挙げられてしまっている形と言う訳である。

 阿井教授は無論、泥棒どろぼうでも盗用常習犯でも剽窃家ひょうせつかでもない。天神地祇てんじんちぎちかって言えるが、彼は人工知能推進派でこそあれど、人工知能を悪用する気は無いのだ。

 しかし阿井教授の研究内容や取材とは、その様な被害の声を集める事でもある。そして彼は人工知能推進派なので、必然盗人の一団として見られてしまうのである。

 不幸な事に、阿井教授は聞き下手な人間だった。更に言うと、無機質的な対応は苦手中の苦手だった。加えて言うと自己保身も不得手で、他人の神経を逆なでする事は得意中の得意だった。

「誤解の無いよう申し上げますが、私共人工知能推進派の中にはクリエイターとの協力関係を考えている人も存在します!」

 そんな主張をするもんなのだから、実際に人工知能を使って自分の作品を盗用された人からはつぶてを散々投げられた。

「何が協力関係だ!」

窃盗せっとう推奨すいしょうしておいて、何だその言い草は!」

「お前の学科では盗みをはたらく生徒が信頼しんらいされると言うのか?」

 それこそ人工知能にやらせた方がマシな自己弁護ないし正当化である。この様に阿井教授はろくすっぽ取材が出来ない事も度々であり、結局被害の声はキッチリスムーズに取材はついぞ出来なかった。


 斯様かよう艱難辛苦かんなんしんくの道程を経て、遂に阿井教授新しい論文は完成した。被害者の声は結局取材できなかったので、肯定的な意見しか得られなかったため意見に偏りは見られるものの、それでも客観的に言って立派な論文だと言えよう。

 論文は既に完成しており、プリントアウトもして封筒に入れてある。後はもう郵送するだけだ。

 阿井教授はそう考えつつ、論文入りの封筒を取りに自室に入った。するとなんと、部屋は窓が開かれており、机上にあった筈の封筒は無く、更に論文を書いていたコンピューターは丁寧にも分解されてメモリーが抜かれていて、丸っきり死んでいるではないか!

(物盗りか! このままでは私の研究論文を他人の物として発表されてしまうではないか!)

 これにはさすがの阿井教授も大弱りで、頭を抱えて天を仰いでなげいた。

「くそ! 他人のかいた物を盗むだなんて、なんて奴だ!」

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