第四百十二夜『勇魚と柘榴と-anthropophagy-』

2023/08/06「陰」「裏取引」「魅惑的な城」ジャンルは「純愛モノ」


 ある場所に、ほんの少しだけ変わった料理を提供する店があった。

 変わった料理と言っても、別によそでは食べられない様な創作料理ではなく、かと言ってここでしか食べられない様な特別あり得ない様な料理を提供している訳でも無い。

 この店の看板メニューとされているのは、クジラのレアステーキ。クジラを食べた事が無い人にはおどろくべき事実かも知れないが、クジラ肉の性質は魚肉のそれよりは獣肉に近く、刺身で食べても良いが焼いて食べると尚美味なのである。クジラ肉は刺身で食べるには少々獣臭く、ワサビやショウガを使って生食をするのが通常だ。

 しかしこの店では香り豊かなオリーブでニンニクを炒め、ニンニクが焦げ初めて甘みが強くなったところに生のクジラ肉をフライパンに投じ、肉の表面にだけ火が通った段階で皿に乗せて特製とくせいのソースをかけて出す。こうする事で獣肉のしつこさであったり獣臭さは立ち消えてしまい、口の中でホロホロとほどける様な美味さが完成するのだ。

 特製ソースの詳細は企業秘密らしいのだが、これがまた信じられない程クジラのレアステーキとベストマッチしており、通常であればワサビやショウガが欲しくなるクジラ肉をこれ一つで完璧かんぺきにしている。

 どれほど美味いか、完璧かと言うと、この店に訪れた常連の過半数はクジラのレアステーキを必ず頼んでいる。いや、それは逆説と言う物だ。このクジラのレアステーキが魅力的だからこそ、この店を訪れた客は常連になると言った方が正しい。まさしく看板メニューと呼ぶに相応しい一皿だった。


 そんなある日、料理店に招かれざる客が訪れた。反捕鯨運動団体だ。

 反捕鯨運動団体と言えば、打ちこわしや不法侵入や威力業務妨害の常習犯として知られているが、この連中も大分理性的でなかった。何せ武器になりそうな物を持ち込んでいるし、店の敷地しきちに入るや否や、大音声だいおんじょうで叫び始めたのである。

「何故クジラを食べるんだ!」

「クジラだって生きているんだぞ!」

「クジラを食べるのは蛮人だ!」

 余談だが、蛮人とは元々外国語である。元はギリシャ語で『訳を分からぬ言葉を話す人』と言う意味のバルバロイであり、そのままローマに移って『共通語が話せない人』と言う意味になった。また、文字通りの蛮人とは元々は中国の言葉であり、意味は『漢字の読み書きや会話が出来ない人』と言う意味である。閑話休題。

 店の敷地内で文字通りの蛮人共が剣呑けんのんな武器を手に持ってにらみを利かせている。ともすれば刃傷沙汰にんじょうざた、或いは発砲事件である。

「クジラを料理するのをやめろ!」

「クジラ以外にも食べる物あるだろう!」

「クジラを食べて可哀想じゃないのか?」

 この時である、蛮人共の発した言葉に店の大将の顔色が変わった。

「そうか、そんな事を言うのはあんた方が初めてだ……クジラ以外にも食べ物がある、クジラを食べるのは可哀想か……目から鱗が落ちた様だ」

 店の大将は納得した様な素振りを見せ、両腕を広げた。その様に反捕鯨運動団体の人達も武器を捨て、大将の胸元へと歩み寄って互いに互いを抱きしめた。


 ある場所に、大層変わった料理を提供する店があった。

 変わった料理と言っても、別によそでも食べられそうな創作料理ではなく、かと言ってここ以外でも食べられそうなちょっとだけ特別な料理を提供している訳でも無い。

 この店の裏メニューとされているのは、ザクロのレアステーキ。ザクロを食べた事が無い人には驚くべき事実かも知れないが、ザクロの性質は果実のそれよりは獣肉に近く、火を通して食べるのが美味なのである。

「お、いらっしゃい! 今日は仕入れが上手く行ってね、裏メニューを仕込めているんだけど、どうだい?」

 まだ店の営業時刻から間もない頃合い、店の大将が料理店をの一番に訪れた顔なじみの客に対し、陽気に切り出す。

「おや、噂の裏メニューですか? 実は一度食べてみたかったのですよ、是非お願いします」

「あいよ、ザクロのレアステーキ一丁!」

 こうして裏メニューを提供する運びになった。裏メニューと言っても仕入れが特別なだけで、調理工程は然程さほど特別でも何でもない。予め特製のソースに漬け込んでおき、味が充分染みたザクロをレアステーキにするだけだ。

「ザクロのレアステーキ一丁!」

 店の大将が顔なじみの客に対してザクロのレアステーキを提供すると、客は飛びつく様にナイフとフォークでザクロのレアステーキを一口食べた。しかしその顔はかんばしくなく、クジラのレアステーキを食べている時の幸せそうな顔とは正反対と言った様相だ。

「えっと、大将。これがそのザクロのステーキですか? 何と言うか、その、よく分からない味ですね……」

 渋い顔をする顔なじみの客だが、店の大将はその事は織り込み済みだった。何せ裏メニューなのだ、口に合わない客も居る珍味なのだから当然である。語弊ごへいを恐れずに言うと、このザクロのレアステーキは不味いのではなく、こう言う味がする料理なのだ。

「ああ、可哀想じゃない味がするだろう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る