第四百十一夜『何の音?-It’s you!-』

2023/08/05「虹」「テレビ」「陰鬱な魔法」ジャンルは「ホラー」


 ある所に才能は有るが、努力は苦手な青年が居た。

 彼は『お前は磨けば光る物があるのだから、努力をしなさい』だの『あなたの長所は何でもこなせてしまう事ですが、それは短所でもあります。何でも良いから、何かに一生懸命いっしょうけんめい打ち込んでみなさい』だの『君は金の卵だ、自分の才能を無駄むだにしてはいけないよ』だの、教師からはそれとなく無気力や怠けぐせを指摘される毎日であった。


 青年は特に部活動に所属している訳でもなく、何か習い事をしている訳でもなく、真っ先に家に帰ってソファーに芋の如く寝転びながらテレビを眺めるのが趣味しゅみであり生き甲斐だった。

 別段彼は怠け者な無能と言う訳ではなく、教師陣の言う金の卵を始めとした彼への評は適切。スポーツでも勉学でも実技の類でも万能で、それこそ玉虫色の才能と言っても過言では無かった。しかし実際にやる事と言えば、上記の通りのカウチポテトである。

「ははは……」

 ニュースのコメンテーターがおどけた様子で意見をするのを聞き、青年は腹を掻きながらポテトチップを口に運ぶ。これが彼の人生で最も幸せな瞬間しゅんかんだった。

 しかしそんな幸福な一時ひとときに、ポテトチップスの入ったふくろが空になっている事に気が付いた。好きな番組を観ながら食べる間食と言うのは、凄まじく進む物なのである。

「まだ棚にお菓子の類があった筈……」

 青年はそう呟きながらソファーから飛び起きて着地するが、その時どこからともなく小さな破砕音が聞こえて来た。

 ポテトチップスの欠片でも踏んだか? 青年はそう思ったが、何かを踏んだ様子は無く、しかし音の発生源は自分の足元から聞こえた気がする。加えて言うと、その破砕音はポテトチップスの様に軽くて小さい物ではなく、もう少し硬くてずっと大きい物に聞こえた。

「俺の足元から聞こえた気がするが、気のせいかな?」

 そう自分で自分に言い聞かせる様に口に出したところ、青年の周りに今度は耳障りな羽音が聞こえて来た。蚊だ。

 青年は蚊を手で払って除けようとするも、蚊の方は全く意に介さない。プーンと嫌悪感を催す羽音を立てながら青年のほおに止まった。

「死ねい!」

 電光石火、青年は自分の頬に止まった蚊を平手打ちで思いっきり叩きつけた。

 その時である。青年の耳に先程と同じ、しかしもっと大きい破砕音が聞こえた。今度は自分の耳のすぐ傍で聞こえた様に感じ、彼は自分の左方を振り返るが何も無い。

 青年が、訳が分からないと言った表情を浮かべていると、青年の身体はヒビが割れ、細かい欠片になって崩れてしまった。青年の身体だった物が砕けた後には、人間大の卵黄と白身だけが地面に落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る