第四百四夜『骨の折れる任務-euthanization-』

2023/07/29「雷」「ファミコン」「壊れた罠」ジャンルは「サイコミステリー」


「はい、私は障碍者しょうがいしゃ達をナイフで刺して殺しました。奴らは国父陛下の臣民に相応しくないと判断しました故」


 尾根那智おねなち船馬ふねまと言う女性が居た。彼女の目は真っ直ぐで、一切の偽証や司法取引による妥協が感じられず、事実彼女の証言は真実であった。

 彼女はいわゆる確信犯で『障碍者は一匹たりとも残らず死んでね』と常日頃から口に出しては、周囲から危険極まりない思想犯、あるいは出来もしない事をうそぶく口だけの無能とバカにされていた。

 幸か不幸か、彼女はもっぱら後者として扱われていた。事実として心に平安の無い口だけの無能な人間なのだから、自分より弱い人間を頭の中に創り出し、それで偽りの心の平穏を得ていたとも言える。

「お前バカな事言うなよ、障碍者だろうが何だろうが家族や他人に愛されている人間は居るぜ? その理屈だと、尾根那智さんは尾根那智さんの言う障碍者にも劣る事になるじゃないか」

 ある日の酒の席、船馬は同僚どうりょうにそう言われてカチンと気分を害した。職場の酒の席と言うのは、往々にして日頃は隠れている物がポロリと出て来るものなのだ。逆に言えば、酒の席だから気分が大きくなって失言したのだろうと思い、少々常軌じょうきいっした発言も大目に見られると言えなくもない。

「いいえ、私はちかって劣った人間ではありません。障碍者共の方が存在意義の無い、この世に居場所の無い動物です」

 船馬はそんな危険な発言をしたが、周囲の人間は酔っ払いが世迷い事を言っているとしか認識せず、つまりは他人を害するだけの行動力を有して居ない無価値な人間だと思い、誰もまともに取り合わなかった。


 船馬が福祉施設に忍び込み、殺傷事件を起こしたのはその夜の事である。

 船馬は寝入っている入所者の重要器官を一突きにし、それが終わったら別の入所者の元へへと、迷いも躊躇ためらいも微塵みじんも感じられない機械的な動きで殺しを行なった。

(ほら、自分で歩く事も出来ないし、抵抗すら出来ない。何の価値も無いし、殺されて当然!)

 船馬はそう心の中で毒吐き、鼻歌混じりで思うままに殺戮さつりくを楽しんだ。

 異変に気付いた職員がすぐに警察けいさつに知らせたが、警察が駆け付けた際には船馬は一人のみならず殺しを完遂してしまっていた。

 警察に見つかった船馬は抵抗する素振りも見せず、ナイフを落として大人しく捕まった。何せ彼女の目的は障碍者を殺害する事なのだから、ここで暴れたら矛盾が生じると言う物だ。

 船馬の犯行は大々的に報道され、マスコミュニケーションはやれビデオゲームの影響えいきょうだ、やれ小説のせいだ、政治が悪いからこの様な犯罪が横行するのだと好き勝手に私見を言ったり、被害者にも家族や友人が居たと義憤ぎふんの念を見せたり船馬を糾弾したりした。

 船馬は精神鑑定せいしんかんていや免責の可能性も精査され、その上で殺人罪、不法侵入、銃刀法違反などのかどで有罪となった。


 こうして船馬は刑務所にぶち込まれる事になったのだが、ある日彼女にとって人生が変わる事件が起きた。

「痛い! 何これ! 誰か! 助けて!」

 船馬が運動場で運動を行なっていると、右足が地面の下へと沈み、切り裂くような痛みが足を走った。落とし穴である。

 しかもそれは、子供が悪ふざけで作る様な落とし穴ではなかった。その落とし穴は成人女性の片足を有に飲み込める程に深く、加えて中には丁寧ていねい木製もくせいの杭が縦横じゅうおうに仕掛けられており、踏み抜いたモノの脚部きゃくぶをズタズタに切り裂いた。繰り返すが、子供が悪ふざけで作る様な落とし穴ではなく、戦場で兵士が作る様な立派な落とし穴だった。

 これにはさすがの船馬も取り乱した。何せ足を折りかねない深さの落とし穴にまり、しかもその落とし穴には杭が仕掛けられていたのだから、彼女の右足は皮膚ひふ幾重いくえにも裂傷れっしょうと断裂を受けてしまい、複雑骨折ふくざつこっせつ筋骨組織きんこつそしきに重度の損傷を折ってしまい、もう二度と自分のあしで歩く事が叶うか怪しいとすら言えた。


 この事件は刑務所の内部にも大きな衝撃しょうげきを与えた。刑務所の内部ではこの様な事が再発しない様にと、運動場はしばらく封鎖される事になった。

 しかしこの様な落とし穴を誰にも気づかれない様にこしらえると言うのも、土台無理な話だ。受刑者の間では、刑務所のお偉いさんが受刑者をおとしめたりいじめる為に作ったのではないか? と、その様なうわさが立った。

 今では誰も使えない運動場の芝生しばふに、季節性の豪雨ごううが降り注いでいる。


「痛い……痛い……くそっ、なんで私がこんな目に……」

 一方その頃、船馬は簡素な医療施設いりょうしせつで寝かされていた。彼女は死刑囚だが、死刑囚だろうが何だろうが人間なのである。見殺しにしたらそれは私刑にあたるし、そもそも刑務所が遵法じゅんぽう姿勢しせいを見せないのであるならば、容疑者は全員その場で殺してしまえばいいのだから医療行為も必然必要となる。

「お答えしましょうか?」

 豪雨が降る窓の外、稲光が走って目が眩んだ後の事である。気が付くと船馬のすぐかたわらには、スーツを着てメガネをかけた典型的ビジネスマンと言った姿の男性が立っていた。

「あなたは誰ですか! ここ女性刑務所!」

 船馬は突然の闖入者ちんにゅうしゃに、ひどく肝を潰して狼狽した。

「申し遅れました。わたくし、こう言う者です」

 謎の闖入者は、船馬に向って名刺を手渡して来た。彼が語る言葉は落ち着き払っており、不法侵入者ではなく所の職員の様な印象を相手に与える声だった。

「ええと、コロリ……?」

わたくし虎狼痢コロリ毒座衛門ぶすざえもんと言う殺し屋を営んでいる者です。以後お見知りおきを」

「殺し屋!?」

 これには船馬は再び肝を潰した。しかしその次の瞬間しゅんかんには頭は冷えて冴えていた。

「殺し屋が何の用ですか? 生憎あいにく私は死刑囚で、放っておいても殺されます」

 船馬の言葉に、虎狼痢は悲しそうな顔を浮かべた。その様子は殺し屋と言うよりは、説得を試みに来た神父か何かか。

「それは困りますね、わたくしんいはわたくしの事情があるのですが……ところで尾根那智さん、後天性肢体不自由と言う言葉はご存知ですか?」

「後天性? 何ですか、それは? それは私と何か関係が有ると言うのですか?」

 自分の言葉に反応を示し、噛みつくような言葉を投げかけて来た船馬に対し、虎狼痢は無機質な笑みを浮かべた。お手本の様な営業スマイルと言うべきか、或いは仮面の様な笑顔とでも言うべき様相だ。

「ええ、大いにあります。後天性肢体不自由と言うのは一種の身体障碍でして、四肢体幹に永続的な障碍があるものを肢体不自由と呼びます」

 張り付けた様な笑みのまま、淡々たんたんと説明をする虎狼痢の声に、船馬は彼の意図をようやく理解した。

「待って! 違う! 別に死ぬのは怖くない! だけど、私は動物なんかじゃない!」

「そう言われましても困ります。わたくし依頼者いらいしゃから、あなたを後天性障碍者にしてから、あなたが言う様に動物でも殺すように殺せ。と、そう言われたのですから」

 虎狼痢の言葉に、船馬は自分が嵌まった落とし穴を思い出した。そもそも監視の目をあざむき、あんな手の込んだ落とし穴を掘るのは受刑者には不可能。ならば必然、落とし穴を掘ったのは刑務所側に違いないと言う噂は彼女の耳にも届いていた。

「私をこんな脚にしたのはお前か!」

「ええ、簡単な仕事でしたよ。詳細は伏せますが、何せ依頼人は刑務施設に顔の効く方でしたからね。わたくしが運動場に落とし穴を仕掛ける事、看守に指示を出してあなたを落とし穴に嵌める事、全く何のとどこおりも無く進展しました」

「ふざけるな! こんな私刑が許されると思うのか! 監獄法を知らないのか?」

 そう泣きわめく、船馬に対し、虎狼痢は相変わらずの張り付けた様な笑顔のままで、彼女の眼球に向って、有に顔の裏側まで届きそうな刃物を突き下ろした。

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