第三百九十九夜『犯人の趣味-pastime-』

2023/07/24「鳥」「テレビ」「きれいな記憶」ジャンルは「大衆小説」


 かわ雷太らいたと言うジャーナリズム精神にあふれた記者が居た。

 彼は必要とあれば卑下ひげたゴシップも危険なスキャンダルも書くが、その心根は真実を好む好漢で、情報の歪曲わいきょくやデマゴーグを何よりも嫌う正義漢でもあった。

 人々が知りたい真実を書く、それこそが川雷太の信念だった。


 ある日、ショッキングな事件が起こった。率直に言うと、連続児童殺傷事件だ。犯人はすでに捕まっており、容疑者の名前は忍藩おしまことと言った。

 しかしショッキングな連続児童殺傷事件にも関わらず、容疑者の忍藩真の人物像は世間に全く知られていなかった。

 これはおかしいと思い、川雷太は個人的に忍藩真への取材を試みようと思った。彼のジャーナリズム精神は真実を大衆に知らせる事である、大衆の関心の有る人物である忍藩真の人物像が知れ渡っていないのは、彼にとっては靴をいた足がかゆい様な感覚に陥る様であった。もしもこれが意図的に情報が伏せられているとしたならば、それこそジャーナリズムに対する挑戦と言えよう、取材した情報をどこだろうがマスコミュニケーションやソーシャルネットサービスにでも載せるべきだと彼は考えた。

 しかし川雷太が忍藩真について調べてみたところ、どうやら彼を取材したり個人を調べた記者はたくさん居たらしい。それにも関わらず、忍藩真の人物像は大衆に知られていないのである。これはいよいよもってきな臭い、取材を試みた人間か、情報機関の連中が取材内容を握り潰しているのではないだろうか? 例えば忍藩真は政治家も依頼をする殺し屋か何かだとか、そんな荒唐無稽こうとうむけいな考えすら脳裏に浮かんだ。

 しかしマスコミュニケーションがだんまりと言うのも、よくよく考えたら不思議な話だ。

 例えばショッキングな事件が発生したら、犯人の出身校や趣味しゅみを調べ上げて、やれ世の中が悪い、やれ政治が悪い、やれ創作物が悪い、やれどの団体が悪い……皆様ご存知の通り、マスコミュニケーションとはそうやって、悪人の所業に対する責任転嫁を図るものなのだ。

 例えばバードウォッチングが趣味の人間が容疑者になったとして、双眼鏡を常日頃のぞいている人間は覗きを行なうだの、双眼鏡なんて物を使う人間は空き巣をして同然だの、バードウォッチングは唾棄だきすべき人類の敵たる邪悪な所業だの、その様な罵詈雑言や私刑を行なうのがマスコミュニケーションと言うものなのである。

 しかし川雷太は忍藩真に対して殆んど無知であった。凶悪犯罪の容疑者だなんて、真犯人だろうが無辜むこの被疑者だろうが、そのパーソナリティーをとやかく滅茶苦茶に非人道的にマスコミュニケーションから言われるのが通過儀礼であるにも関わらずだ。

 しかしテレビのニュースは忍藩真の名前を姿と容疑こそ報道するものの、それ以上の人物像だの経歴や趣味には全く触れやしない。

「これは真実が隠されている気配がするな……」

 川雷太のかんはよく当たった。別に生まれもった第六感が有るとか、真実をぎ当てる天才と言う訳ではない。経験則と知識による研ぎ澄まされた勘に因るものだ。

「善は急げ、今すぐ取材を取り付けなくては!」


 川雷太は忍藩真への取材を取り付け、彼や彼の知人から彼の人となりを十分な情報としてまとめる事に成功した。

 しかしその顔は曇っており、足取りは落ちこんだ人間そのもの。加えて青色吐息までしていると来たものだ。

「忍藩真の趣味はテレビ番組の視聴、何よりもニュースや報道を観る事を好み、それ以外のテレビ番組には全く関心や知識ちしきが無く、特定のチャンネルを贔屓ひいきする事無く、可能な限り全てのチャンネルのニュースを観る事こそが生き甲斐がい。テレビ視聴の他には新聞を読むのが趣味で、都内で一般的に読まれている新聞は全て読んでいるか。なるほど、マスコミが情報を伏せる訳だな……」

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