第三百九十七夜『トカゲの鏡-such a chameleon-』

2023/07/22「太陽」「洗濯機」「残念な魔法」ジャンルは「サイコミステリー」


 昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どこかナイフの様な印象を覚える詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年と、そして落ち着かない様子で商品をマジマジと見ている女学生とが居た。

「その鏡が気になるのかしら?」

 店主の女性は、魅入みいっている様子で鏡―折りたた機能きのうの付いた壁掛け式の三面鏡―を見ている女学生にカウンターから話しかけた。

「え? ええ、この鏡のタグ、書いてあることは本当なんですか?」

 店主に話しかけられて虚を突かれた形になる女学生は、一先ず質問に対して肯定の意を示し、逆に質問した。そのタグには、理想の自分になれる整形三面鏡と書いてあった。

「ええ、うちにあるのはうそも偽物も無い、全て本物よ」

 そう言うと、店主の女性は客の女学生を値踏みする様な様子でながめた。全体的にどこかパッとしない着こなしとファッションだが、器量は悪くなく、垢抜けていないだけで美人の類と言えなくもない少女だ。強いて言うならば、表情筋が暗い印象を与えていると言った所か。

 店主の女性は少女と三面鏡の方へと歩み寄り、開いていたそれを閉じた。そこには日を浴びて脱皮をするトカゲの姿が彫ってあった。

「この鏡は、商品名を『蜥蜴トカゲの鏡』と言うの。この三面鏡に体を囲ませて、夜明けの時刻に自分の願望を強く念じると、綺麗きれいサッパリ肉体のその部が削げて再構築さいこうちくをするの。だから売り文句が『理想の自分になれる整形三面鏡』と言うのよ。でも一つだけ、この鏡を使う時は約束して欲しい事があるわ。この鏡を使っても良いけど、頭は絶対にいじってはダメよ」

 店主の女性の言葉を、女学生は聞いて呆けた。

「か、顔をいじってはいけないんですか? 整形をする鏡なんでしょう?」

「いいえ、この鏡は全身の体型、自分の性格、自分の頭脳……つまり頭の中身を整形しようとしてはいけないの。顔はいじってもいいけれど、もしも頭をちょっとでもいじってしまったら、使った人の脳味噌のうみそがシェイクされてしまう事になって、それは使った人とは別人になってしまうわ」

 店主の女性は女学生に対して言い聞かせる様に目で目を見て説明をした。しかしその眼差しはどこか目の前を真剣に見ていない風で、どことなく自分にとってはどうでもいい事で有るかの様な印象の口調だった。


「あれでよかったんですか? アイネさん」

 客が誰も居ない、陽が沈む頃合い。店員の青年は店主の女性に対して尋ねた。

「あれって何の事かしら?」

 店主の女性はそう返したが、悪びれないと言うよりは本当に何が悪いか理解していない様な口調だ。

「あの女の子に、鏡をタダ同然で売った話ですよ。いや、アイネさんは値段に関しては道楽でやっているから別に言う事は無いです。でも、あの様子だときっと、あの女の子は自分の性格を自分の理想にしようとしますよ」

 そこまで言われて、店主の女性はようやく思い当たったらしく、に落ちた顔を浮かべた。

「大丈夫よ、カナエ。あの鏡は誰に渡しても結果として何も変わらないわ」

「え、それはどう言う事ですか?」

 今度は、従業員の青年の方が腑に落ちない顔を浮かべる事になった。何せ危なっかしい客を理由に指摘をしたのだ、誰が相手でも変わらないと言うのは理屈に合わない。

「カナエはレプティリアンと言う生き物を知ってるかしら?」

「レプ……なんですか? それ」

「レプティリアンはね、一言で言うとトカゲ人間かしら? その起源は人間の突然変異だと言う人も居るし、恐竜が進化した知的生命体だって説もあって、他には宇宙人だって意見が主流かしら? でもね、それは全部違うの」

 突然全く関係無い話をしはじめた店主の女性に対し、従業員の青年は少々疑問を覚えた。さすがに彼女は話を寄り道しているだけで、本質的にははぐらかそうとしている訳では無いと理解はしているが、トカゲ人間の話と鏡の話が結びつくとは思えない。

「それで、そのトカゲ人間がどうかしたんですか? あの鏡は人間をトカゲ人間に変える物とでも言うのですか?」

 従業員の青年の質問に対し、店主の女性はおかしそうにクスクスと含み笑いをした。

「惜しいわ、それはちょっとだけ違うの。実はレプティリアンはね、別の宇宙ないし別次元からの侵略者って説もあるの。あの鏡は別次元との通信機で門、あの鏡を通してレプティリアンは人間と入れ替わって侵略を行なっているのよ」

 店主の女性は従業員の青年に対し、両手でおどろおどろしい演技を大袈裟おおげさに行ないながら、そうのたまった。しかし、従業員の青年は全くおどろきもおののきもしない。

「それ本当ですか? と言うか、そんな鏡を売った理由は何ですか?」

「ふぅん、もうちょっと驚いたり怖がったりしてくれてもいいんじゃないかしら?」

「いえ、アイネさんがそんな害しか無い様な物を売りつけると思えなくて……それより、誰に売りつけても結果が変わらないって話をして欲しいです」

 従業員の青年は至って冷静に応える。その様子に、店主の女性は少々ムッとした顔をしてみせた。

「まあまあ、お待ちなさいな、この話はまだ少しだけ続くの。レプティリアンはトカゲ人間と呼ばれているけど、その実カメレオンの様な性質も持っていて、人間に化ける事が出来るの」

「それでトカゲの鏡ですか? でもそれだとアイネさんは嘘を吐いて商品を売りつけた事になるじゃないですか」

「うん、今話したのはぜーんぶ、あの鏡を作った人のカバーストーリー、言わば設定ね。カナエの言う通り、アレが本当にトカゲ人間の侵略兵器だったとしたら、私はそれを伝えてから売ります!」

 店主の女性は胸に手を置き、胸を張りながらそう言った。

「それで、あの鏡は誰に売っても同じってのは……どう言う意味なんですか?」

 従業員の青年は店主の女性の胸部をマジマジと凝視ぎょうししつつ、尋ねる。

「ああそれはね。あの鏡は何度売っても、数日後には返品されてしまうの。多分今回もそうなるわ」

「返品、ですか……それは何故?」

「買った人がね、まるで別人の様な態度たいどで返品しに来るのよ。ええ、買った人だと分かる姿で、けれども態度は別人みたいな機械的な様子で返品に来るの。『もう自分には不要で、お題は結構ですので、これを必要としている仲間どうほうのためにお用いください』って、まるで口裏を合わせた様に同じような文句で返品しに来るのよ!」

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