第三百九十六夜『インクの染みにあらず-modern times-』

2023/07/21「黄色」「死神」「悪のカエル」ジャンルは「童話」


 地平線の先まで続く車道に、ほろ付きの車が走っていた。車には短筒たんづつを下げた男と、歩兵用の剣をいた女性が乗っていた。

「しかし今日はまさしく酷暑だな。全く、気がくる……滅入めいりそうだよ」

「そうだね、こんなにも日差しが強いと具合が悪くなりそう……車の冷房がこわれたりしたら死んじゃうかもね」

「おう、ガンガン冷やしてくれ。変なところをケチり、体調崩す程非経済的な話も無いからな」

 そう話す二人は汗だくで、見るからに不快指数が高い様相だ。天には黄色い太陽がさんさんと熱を放っているのが見える。

「ねえ、まだ着かないの? このままじゃ体調を崩しちゃう!」

「なんかごめん。いや、俺が悪い訳じゃないんだけど、本当に申し訳ない……」

 短筒男は弱り切った様子で、なかばヒステリーを起こしている様な状態の剣を佩いた女性の文句にひたすら謝りながら運転をしている。

「ああ、もう! くだらない商品とか全部投げ捨てて何もしたくない!」

 しかし剣を佩いた女性がそう言うと、短筒男の目にともった。別段怒りに火が点いたとか、暴力を振るおうとかそう言う訳では無い。

「おい、暑い事を暑いと言うなみたいな不毛な根性論は言わないぜ? だけど俺の扱う商品をくだらないとか言うのはやめてくれないか?」

 しかし剣を佩いた女性の方も喰い下がらない。

「くだらない商品じゃん! ユリウスは取り扱う商品はぜーんぶガラクタ、タダ同然で仕入れてうそみたいに高く売ってるだけ!」

 これを聞いた短筒男、急に勢いがしなびてしまった。ひょっとしたらあまりにも環境が劣悪だったせいもあるかも知れないが、正論で殴られて黙らざるを得なくなってしまったと言うのが実情か。

「いやまあ、タダ同然で仕入れる事が出来る物を高く売っているのは認めるぜ? だけどねえ、所変われば品変わるって奴で、俺の商品は適正価格ではある」

「でも、仕入れた時はくだらない商品なのは変わらないじゃん!」

 剣を佩いた女性にコテンパンに言い負かされ、遂に短筒男は黙り込んでしまった。

「それで、今度はどんなヨクバリな悪だくみをしてるの? どう見ても普通の本としか思えない物をたくさん仕入れていたけど……」

 その言葉を聞くと短筒男は水を得た魚、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに目に再び灯を点した。

「それらの本はね、一見なんて事無いけど、その実つまらない理由で禁書になった代物なんだ」

「禁書? 普通の本に見えるけど?」

 もう完全に会話のペースは短筒男に有った。得意満面、元気凛々りんりん、自信満々、気炎万丈と言ったところか。

「ああ、つまらない理由で禁書になったんだ。例えばそっちの小説だけど、黒人の少年が主人公って理由で禁書になった」

「嘘! そんな理由で禁書になるの?」

 剣を佩いた女性は信じられないと言う顔をし、短筒男は商売に対して確信を得た様な笑みを浮かべた。

「マジもマジ。当時の倫理委員会は黒人が主人公なのは非倫理的と判断をなされた訳だ、酷く人道的な委員会だな。それからついでに、お化けとか吸血鬼とか死神みたいな存在も非倫理的だから絶対出してはいけなかったらしい」

 短筒男の言葉に、剣を佩いた女性は恐怖すら覚えた様な顔になり、そしてある事に気づいた。

「そんな時代が有ったの……ところでこれって本当に禁書? 本当の禁書だったら安くまとまった数を仕入れる事が出来た事が信じられないと言うか、そもそも存在するのが不思議なんだけど」

「ああそれね、当時禁書扱いで発行出来たり出来なかったりした作品なのは本当。倫理委員会のおすみ付きが得られなかったけど、発行は出来たって形に落ち着いた。まあ黒人主人公が非倫理的だとされていた時代の証明として、倫理委員会の承認が付いてない書籍しょせきって事だな。まあもっとも、その倫理委員会はみんな無視しちゃったから、そのコードが付いている作品の方が恥ずかしいし、好事家の間では高く取引されると思うけど」

「……ダメじゃん」

 そう言われて、短筒男は気を落としたように見えたが、それでも諦めずに次の商品のプレゼンを始めた。

「まあこれ以外にも色々ある。これはすごいぞ、社会の教科書」

「社会の教科書? 社会の教科書が禁書なの?」

 剣を佩いた女性はキョトンとし、これを見た短筒男は再び確信を得た表情を浮かべた。

「ああ、これは『どれだけ殺人をしても許されるどころかめられる、神様の国の教科書』なんだ」

「今なんて?」

「どれだけ殺人をしても許されるどころか褒められる、神様の国の教科書」

 帰って来た言葉に、剣を佩いた女性は再び恐ろしい物を聞いた顔になった。

「それは禁書になるね、しかも教科書って……」

「ああ。この教科書を刷っていた国は、大義名分の元に戦争を吹っ掛けていたんだけど、そんな危険な国は放っておけないと諸外国から全力で潰されちゃってね。その後、侵略に対する大義名分を教科書にせている事に酷くおどろいた視察に来た戦勝国の人達から禁書に指定されちゃったんだ」

「なるほど、敵の兵隊さんはどんどん殺しましょう! って学校で教えていたのね」

「そう言う事」

 短筒男は、そう得意そうに言った。

「しかしよくそんな教科書が残っていたね、そっちの方がビックリ」

「それに関しては記録が残っていたし、資料として内容だけ復元したけど規格は異なる奴だね。さすがに昔の本をそのまま仕入れるとなると、遠くに売りに行くより好事家を近場で探した方が都合も良い」

「そっか、他にはどんな禁書があるの? つまらない理由だって話だけど」

 剣を佩いた女性は興味津々で尋ねた。心なしか酷暑にあえいでいた時よりも顔色が良い様に見えた。

「そうだな、時の皇帝をみにくいカエルだったり、王様を貧相なライオンとして描いて検閲けんえつを通ったけど、その後にバレて焚書ふんしょ沙汰ざたになった童話。それから薬物乱用や危険な薬物の危険を訴える内容のマンガだけど、薬物を扱うのは非倫理的だとお偉方に言われて認可マークが出なかったマンガ。他には戦争の凄惨せいさんさを伝える目的で描いた絵が、戦争に関する作品は全部ダメだと言われてお蔵入りして外国に流れた物とか……」

「最後のそれ、いいじゃない! そう言う作品、うちらの手で流通させるのって善い事だと思うの。検閲でダメですって言われるかも知れないけど」

「まあ、うん、そうだな」

 剣を佩いた女性が明るく言う意見に、短筒男は満更でもない様子で応えた。

「あとはアレだな、???って字が使われている、昔のマンガや小説も積んでいる」

「え?」

 剣を佩いた女性は何度か目の、脳が理解を拒んだような素っ頓狂とんきょうな物を聞いた表情を浮かべた。

「え、待って、???って字が使われている昔の本って何? つまり、逆に言うと今の本は???って使えないの?」

「ああ、そうなるな。???が使えないから???奏曲とか???喜とか???戦士みたいな語も使えないし、テストで???って字を書いたら減点なんて事もあるかも知れないな。」

「??っている……」

 剣を佩いた女性はうんざりした顔持ちで、吐き捨てる様に言った。それに対し、短筒男は嬉しそうな顔で返した。

「ああ。黒人主人公や、憲法制定や、薬物乱用に対する注意喚起や、戦争反対と同じ位な」

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