第三百九十五夜『カップラーメンは亜光速の夢を見るか?-quantum piece-』

2023/07/20「屋敷」「笛」「最弱の魔法」ジャンルは「指定なし」


 時刻は夜中、場所は自宅、腹が減った。

 人間は考え事をすると、腹が減るものである。と言っても、免許取得のための勉強や哲学と言った大層な作業や思考実験をしていた訳ではない。私がやっていたのは、コンピューターを用いたカードゲームのドラフトだ。

 配られるカードを全て記憶し、どのプレイヤーがどのカードを指名したか全て記憶しておかねば情報アドバンテージは得られないし、自分の番の指名で可能な限り最強のチームを作らねばならぬ。それ故、他のプレイヤーがカードを指名するだけの瞬間しゅんかん瞬間も常に神経を張り詰めて思考をフル稼働かどうしておかねばならない。

 知らない人は笑うかおどろくか或いは疑うだろうが、これは本当の事だ。カードゲームがカロリーの消費がはげしいと言う事実に現実味が感じられない方ならば、これを将棋しょうぎに置き換えてもいい。

 プロの棋士きしは一局の試合で一から二キログラムせる事もあり、その証左に対局中におやつを食べて補給する棋士も存在する。それだけ人間は思考にカロリーを消費するのである。


「しかし腹が減った」

 時間は真夜中。自分で何か料理を作ってもいいが、それには時間のかからない料理であっても十数分はかかる。かと言ってコンビニに行くとしても、うちから最寄りのコンビニはイートインスペースが深夜は閉ざされているし、そもそもここまで腹ペコだと外に出る気力も無い。

 こういう場合、カップラーメンと決まっている。何せカップラーメンは夜食の定番、ラーメンは人類の永遠の友なのだ。仮に夜食にラーメンを作ると言うのならば、まずめんを茹でて、具材を刻み、出汁だしを取り、具材の味と硬さが良くなるまで煮て、出来上がったスープに麺を入れて完成だが、そんな事をしている時間など無い。カップラーメンこそ人類の英知の結晶なのである!

 火にかけたやかんが笛を鳴らし、お湯が沸いた事を知らせる。私は、それはもうウキウキ気分でカップラーメンにお湯を注ぎ、タイマーをセットした。

 しかしそんなカップラーメンにも、唯一にして有名なアキレス腱がある。それはご存知、三分間の待ち時間だ。

 三分間はとにかく長い。ただ無為に待つ、三分間の長い事よ。これが楽しい時間ならば、三分間なんてあっと言う間だろうが、腹ペコの人間が食事を待つのだから時間が猶更なおさらゆっくりに感じられると言う物だ。

 しかしよく考えて見たら時間がゆっくりに感じられると言うのも妙な話だ。アインシュタインは相対性理論の中で、光速ないし亜光速で移動すると時間の流れは遅くなると述べた。しかしそんな事をせずとも、カップラーメンにお湯を注ぐだけで時間の流れはゆっくりになる。

 つまり、カップラーメンにお湯を注ぐと人間は疑似的に亜光速になると言う事ではなかろうか? 人間はカップラーメンにお湯を注ぐことで精神が肉体というかせから解き放たれ、亜光速まで加速し、その暴走した感覚は実際の時間の流れと言う黄金律を超越するのである。

 だがこの説には一つ穴がある。時間が遅くなったならば、カップラーメンにお湯を注いだ人だけでなく、お湯を注いだカップラーメンも一緒に時間が遅くならないと道理に合わない。お湯を注がれたカップラーメンもゆっくりじっくり三分間を過ごしてくれないと、あっと言う間にカップラーメンが出来てしまう事になる。

 つまり一言で言うと、カップラーメンは人間に食べられる事を今か今かと待っているのである。だってそうであろう、カップラーメンも人間に食べられるのを今か今かと楽しみに待っていれば、カップラーメン側の時間もゆっくり流れる事になる。

 何せラーメンは人類の永遠の友であり、カップラーメンは人類の英知の結晶なのである。親は子に煮ると言う奴だ。

 そう考えると腹ペコなのも相まって、腹が立って来た。何故私がカップラーメン側の都合で、ゆっくり流れる時の中で三分間も待たされなければならないのだろうか? 楽しい三分間ならあっと言う間なのに、一日千秋の三分間は辛いし、自分ではなく相手の都合だと思うと猶更業腹物だ。

「ええい、何が人類の永遠の友だ! 何が人類の英知の結晶だ! 全くふざけてくれる、何だか腹が立って来たぞ!」

 そう呟くと、カップラーメンが出来上がりを告げるタイマーが鳴った。

 うむ、やっぱり腹ペコの人間に歪んだ時の流れの中の三分間は辛い。ならばやっぱり、飢餓状態きがじょうたいの人間には人類の永遠の友と称される様な食べ物じゃない方がよいのではなかろうか?

 そう、人類の口に全く合わず、人類に食べられる事を喜ばず、人類側からも絶対に口にしたくなく感じる……そんな食品の方が、空きっ腹の人間には良いのかも知れない。

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