第三百九十二夜『一年先の未来予知-Call of the Ring-』

2023/07/16「卒業式」「クエスト」「最速の魔法」ジャンルは「ホラー」


 それは肌寒い、そろそろ卒業式の季節と言った時節の事だった。

 クラスではどこに進学するだの、学校を卒業したら引っ越す事になるだの、そう言った話題がクラスで度々聞こえる。俺達はいつだって未来が見えない事を気にして生きているのだ。

「ねえ知ってる? 一年先の自分と電話で話す方法があるんだって」

 俺はクラスの仲の良いグループの一員の女子から、別に俺一人に話しかける訳ではないだろうが、そう声をかけられた。

「一年先の自分と電話する方法? そんなもの、実在する訳ないじゃねえか。そんな事が実現したら、世の科学技術はもっと発達してるし、賭博とばく選挙せんきょも好き放題し放題に決まってら」

 グループの別の生徒がそう、ガサツな口調で反論する。しかし夢が有るのか無いのかさっぱり分からない様な例えだ、そんな一年先の未来ならば、是非とも俺もあやかりたい。

「いやまあ、ありなんじゃないか? 視線ってのは光の速度で行って戻って来る物だから、俺達は実際の所は一瞬いっしゅん過去を見ている事になるらしい。それじゃあ逆に、未来を知る方法が有ってもいいんじゃないか?」

 うそだ。そんな方法が現実的にある訳が無い。だけどまあ、俺はなんとなく反論したい気分になってしまったのだ。

「それで、その一年先の自分に電話する方法ってのはどうなんだよ? 俺が自分で、そんなものは無いって証明してみせら!」

 ガサツな口調のクラスメートがそう笑いながら豪語すると、言い出しっぺの女子が待ってましたとばかりにわざとらしい咳払いをした。

「オホン、ではここからがこの話のキモ! 何でも夜中の三時三十三分三十三秒に自分で自分の電話番号にかける事で、一年未来の自分に電話が出来るそうなのです!」

 なるほど、ありがちな話だ。これで電話が成立しなかったら、それはきっかり時間通りに電話をしなかったからだと否定できるし、今この場で証明してみせろと言うのも難しい。このうわさを考えた人間は、噂や都市伝説と言う物の作り方を知っている。

「はあ? なんなんだ、その不便な条件は? その時刻に何の意味があるってんだ?」

 ガサツな口調のクラスメートは笑いながら否定的な態度を示し、言い出しっぺの女子もムキになるでもなく軽く返す。

「いや、私はそう聞いただけであって、考えた人じゃないし」

 あ、今考えた人って言った。

「三、三、三……その時刻ってのは、未定の未の事なんじゃないのかな?」

「なるほどな! 未提出の宿題なんかも一年先の自分に教えてもらえるかもな!」

 ガサツな口調のクラスメートの言葉に俺達はガハハと笑い、各々部活動やじゅくのために解散をした。


 俺は部活を終えて自宅に帰ると、両親が今日も口喧嘩くちげんかをしていた。

 別段包丁を持っているとか、首を絞めているとかそう言った事は無い。しかしうちは怒鳴り声が聞こえない日が無い、はっきり言って憂鬱ゆううつになる様な家だ。加えて言うと、仮に包丁でも持ち出していたら俺の命も無いと思う。怒りで頭に血が上った人間は、無理心中でも何でもする。

 俺はとっとと自室にこもる事にした。もっとも、自室を閉め切っても両親の口喧嘩

は聞こえる。俺はまくらをおっ被って、両耳を塞いだ。


 しばらくしてどうやら父さんが外へ出て行った様で、部屋の外から怒鳴り声は聞こえなくなった。

 俺はこのひと時の安息の間に手早く夕食をったり風呂に入ったりして、速やかに自室に戻った。どうせ母さんと何か話すとしても、あちらからは愚痴ぐちと陰口と、それから俺はどちらの味方かと言う話だけだ。俺は両親の喧嘩の道具ではない。

 俺は家が静まっている間に学校の課題を終わらせようと、勉強机に向かった。そしてふと、今日のクラスでの噂話の事を思い出した。

「一年先の未来ねえ……」

 あの時はひょっとしたらあるかも知れないじゃないかと口にし、そして内心でその話をバカにして否定していた。しかしそんな事が可能ならば、俺はすがって見たいと思う。

 このクソの様な環境の家は良い方へ向かったりしないだろうか? 俺は来年は受験だが、りょうのある高校へでも行けたら、そっちの方が幸せじゃないだろうか? そもそも一年後の俺は幸せだろうか? 一年先の自分への電話と言う噂話は、沸々ふつふつと自分の中で大きくふくれ上がって行った。


 気が付くと俺は深夜、時間を確認しながら布団ふとんの中で時刻を確認していた。

「三時三十三分……よし!」

 俺は噂を確かめるべく、言われた通りの時刻に自分で自分の番号に電話をかけた。

 酷く心臓しんぞうがドキドキと早鐘を打つ。手は汗をかいているし、それでいて背筋は布団を着ているのに寒く感じた。眼球の後ろの方がチリチリと刺激を感じるし、ジワリと涙ぐんでいる自分に気が付いた。

『お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、もう一度おかけ直しください』

 結果は酷く肩透かしな物だった。そりゃそうだ、まさか電話をかけるだけで未来に繋がるなんて事は無い。

 俺は一気に緊張の糸が解けて急に眠くなり、そのまま布団の中で意識を保つのが困難こんなんに感じるのを覚えた。

 布団の中で目を閉じると、これは夢だろうか? どこからか水音が聞こえた気がした。


 翌日の事である。少年が通っていた中学校ではすっかり通夜の雰囲気が校内を支配していた。生徒が一人、火災で亡くなったのだ。

 その生徒は一人ぼっちで交友関係が一切無い生徒と言う訳でもなく、部活動にも積極的だったため、彼が亡くなってショックを受けた生徒は少なくなかった。

 その中でも、特に彼と親しい生徒達は内心(もしも明日が分かるのなら、昨日の彼に教えてやれたのに……)と、そう思って喪に服していた。

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