第三百九十夜『まるで人間業でないかの様な風景-template-』

2023/07/14「春」「タライ」「最高の主従関係」ジャンルは「指定なし」


 アトリエによく整った機械的きかいてきな人物と、落ち着いた様子の壮年の男性とが居た。

 機械的な人物はまばたき一つせず、集中した様子でただキャンバスを見つめながら風景画を描いていた。その様子は無機質的ながらも緻密ちみつつ高速で、とても人間業にんげんわざとは思えなかった。

「先生、出来ました」

「うむ、下がっていいぞ」

 先生と呼ばれた壮年の男性は機械的な人物に対してそう言うと、その風景画を模写し始めた。まるで美術教室の生徒が教師から出された課題の様だが、それだと先生と生徒の関係があべこべである。ならば弟子が先生に代わってゴーストライターならぬゴーストペインターをしているのかと言うと、それも違う。

 実は先生と呼ばれた壮年男性が下がらせた機械的な人物、アレは人間ではなく画家のごとく動くアームを搭載とうさいしたスケッチ用ロボットである。


 今から一昔前、ロボットに絵や写真を作らせる事が流行した。人々は自分好みの絵や写真をロボットに注文し、それを額縁に飾って自室で、個人間で楽しむのが一種の時代的風景とすら言う事が出来た。

 しかし全てには必ず栄枯盛衰えいこせいすいがあり、流行であれば猶更なおさらだった。

 ある時バカな人物が、ロボットに描かせた絵を自分で描いた物として発表した。バカな人物はバカなので、自分の行いが露見ろけんするとは思っていなかったし、もっと言うと自分の行ないに違法性いほうせいがあるともつゆ程も思っていなかった。

 結果、機械に記録が残っているわ、そもそも機械がゼロから物を作れるわけもなく、ロボットが模写をした先の画家から著作権侵害で訴えられ、裁判沙汰に発展した。

 この事から、ロボットに絵や写真を作らせる事は火遊びに等しいと言う見解が広まり、次第に流行は風化していった。いつだって流行を終わらせるのは、おろかな人間の行ないなのである。


 落ち着いた様子の壮年男性は、かつて自分の青春時代に起こった事件を想起していた。

『ロボットの描いた絵は著作権を有しない』これが、その事件で新しく喚起された黄金律だった。実はこの文言は当時からすでに制定されていた法だったが、この事件で一般へと浸透しんとうし、そして知れ渡ると同時に流行を終わらせた。

「つまり、ロボットを相手に盗用を行なっても盗作には当たらないと言う事だ」

 落ち着いた様子の壮年男性はそうつぶやき、自分のうででロボットに描かせた絵をゆっくりと模写した。

 彼が言う様に、確かにロボットから盗用をしても盗作には当たらないが、そうしたら今度はロボットが模写をした絵画の権利者の怒りを買う事だろう。しかしそこは勿論もちろん、手抜かりは無い。

 彼はまず、ロボットを有する人工知能に正しい建築と地形と植生の知識をえて居れず、シャットアウトする様に設定した。

 つまりどう言う事かと言うと、彼のロボットは茅葺かやぶき屋根と言う物を知っているが、その目的や地域性や材質は知らない。砂漠も海も砂浜も知っているが、火山のとなりに氷山を描けと言われても疑問を抱かず、増してや理由づけも行なわない。マングローブやウツボカズラの外見は知っているが、一年を通して水が豊富な地域でないと生存出来ない生態せいたいだと全く知らないのだ。

 つまり彼が所有するロボットは、機械的に完璧な腕を持つイラストマシーンで有り、タブーも常識じょうしきも全然知らない幼児の様でもあった。そんなロボットに注文して出て来る絵画は、美しくこそあるがピンからキリまで真っ当でない。

 街を描けと注文したら、その地域にあり得ない様な植物をまちに生やすのは当り前。庭を描けと注文すれば、垣根かきね幾何学的きかがくてきに非現実的で不自然な形状に描く。地下採掘場を描けと注文したのに、太陽が昇る春の陽気を感じる街並みを地下の圧迫感ある岩肌の狭間に描く。道路を描けと注文すると、十中八九道の真ん中から何かが生えているし、そのくせ地面が隆起していない。食事風景を注文した際には、テーブルの上にタライを描いた事すらあった。オマケに絵の中に看板や広告を入れると、必ずどこか文字がおかしいし、時には一見文字の様に見える何かが描かれていた。

 一言で言うと、非現実的。しかし単純に絵の腕前は素晴らしいのがこのロボットの特徴とくちょうだった。

「ふう、出来た出来た。我ながら良い出来だ」

 落ち着いた様子の壮年男性が描きあげた絵だが、殆どロボットが描いた絵の模写だった。デッサンでもスケッチでもなく、彼自身の手癖こそ見られるがほぼほぼコピーと言っても過言では無い。

 落ち着いた様子の壮年男性は自分で描いた絵を満足そうに眺めると、ロボットが描いたオリジナルの絵を処分した。これで彼にとってはこの絵のオリジナルは自分にあると言う訳になる。


 街の喫茶店に二人の男女が居た。片方は少し背の低い亜麻色あまいろの髪の毛をふさにした女性で、何やら絵がっているチラシを読んでいる。もう片方はせぎすの男性で、女性が見ているチラシを気にしている様子を示している。

「何見てるの? 個展? それとも美術館? 俺も興味あるから後で見せてくれよ」

 うずうずとした口調でそう言う痩せぎすの男性に対し、亜麻色髪の女性は自慢じまんげに鼻を鳴らした。

「これね、似蛭ニヒル義一よしかずの個展のチラシ。今から行ってみない?」

 亜麻色髪の女性は自慢げに言った物の、痩せぎすの男性の態度はかんばしくなかった。

「似蛭ねえ? 俺はその人の事知らないけど、別にその個展は興味が無いかな……何というか、綺麗きれいで上手な絵だけど滅茶苦茶で自我が感じられないと言うか、デタラメを描くのが目的になっていて、自分が存在しない気がするよ」

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