第三百八十七夜『調理をしないと言う事-take a big bite-』

2023/07/10「水」「リンゴ」「おかしな主人公」ジャンルは「サイコミステリー」


 フライパンにオリーブオイルを垂らし、細切れのベーコンとニンニクとをいためる。ニンニクがげて良い香りがして来たら、サイの目に切ったトマトを加える。

 トマトが充分熱されたら、あらかじめでておいたスパゲッティをフライパンに乗せて、よくえる。これに輪切りの唐辛子を適量乗せれば、メインディッシュは完成だ。

 スパゲッティ一皿だけでも良いが、サイドディッシュも勿論もちろん必要だ。ビタミンがたっぷりで真っ赤な色が目にうるわしい生食用の牛肉、これに微塵みじん切りのリンゴを加えて包丁でひたすらに叩き、叩き、更に叩く。口の中でまずともほどけそうな程に柔らかくなったら、これを皿に盛り付け、同じく清潔な生食用の鶏卵けいらんを乗せてタルタルステーキの完成だ。

 メインディッシュとサイドディッシュがあれば十分かも知れないが、やっぱり個人的にはスープも欲しい。なべでバターを温め、そしてタマネギを焦がして水とコンソメを入れててきたのが良い具合に仕上がり、食欲を誘う匂いを放っている。

 今日はこのスパゲッティポモドーロ、牛肉のタルタルステーキ、オニオンスープで夕食だ。このスパゲッティがポモドーロなのかロッソなのかアサシーナなのかアラビアータなのかは意見が割れるかも知れないが、俺がポモドーロと言ったらポモドーロなのだ。

 それでは、いただきます。


 酷く鮮明な夢を見た。俺は厨房で、楽しく自由に好きなメニューを作っていると言う物だ。

 何せこの人工都市では食糧しょくりょうの自給機能きのうが滞ってしまい、本物の畜肉や麦なんて物はもう数週間も食べていないのだ。

 幸いにも飲み水には不自由しないし、保存食のたぐいは問題無く住民に配給されている。しかし来る日も来る日も毎日水と乾パンと栄養サプリメントの食事では、人間は栄養状態が良くても精神に健康被害が生じてしまう。

 ならば外国や市外から食料や飲料を輸入すればよいかも知れないが、それも叶わない。何せこの都市は宇宙の真ん中に所在しており、数日そこらでは人間の住まう場所へは辿たどり着けない。

 その様な立地条件だからこそ、保存食の食糧生産プラントや保存食の備蓄びちくに関しては特別気を使っていたし、何かあってもコレさえあれば平気だと高をくくっていたのだが、それは見積もりが甘かったとしか言う他無い。

 初めの頃は、誰しも乾パンと水とサプリメントの食事に不平を言ったりしなかったし、長くて数日もすれば異変は解決するだろうと楽観的だった。しかし次第に、それこそ食糧プラントの復旧が困難こんなんだと知れ渡ると住民達の顔はくもった。

 不幸中の幸い、保存食専用の生産プラントは無事なんだ。かわいて死ぬ事も、飢えて死ぬ事も無い。しかし自分達は一生この味気無い食事にしかありつけないし、調理や飲食店なんて贅沢ぜいたくも同様だ。そう考えると誰しも顔がどんどん暗くなっていった。

 無論SOSを飛ばしたが、それでも一朝一夕で解決する訳ではない。長い旅路の果てにプラント技師がお手上げだなんて事も考えられるし、これ幸いと技師など派遣はけんせずに食料を輸入しろと言い寄って来る事も予想出来る。何せこの都市の人間は皆ネガティブな思念に支配されているのだ、正常な判断や思考は苦手分野だが、嫌な予感ばかり考えつくのは得意中の得意だ。


 そんなある日、人工都市の近くに小型の宇宙船が通りかかった。俺達のSOSが実を結んだわけではない、むしろ相手方がSOSを出していた。

 事の経緯けいいを掻い摘んで話すと、見知らぬ名前から通信が有って何事かと驚いたが、相手方いわく自分達は数人からなる遭難者そうなんしゃで、コンパスがイカれてしまったので修理の間保護ほごを求めて来たらしい。

 別に俺達は食料や飲み水その物が限界な訳ではないし、増してや船一隻いっせきの乗員位充分に養える。それにひょっとしたら、保護を申し出る代わりに保存食ではない食料を、それこそひょっとしたら家畜や何かを提供してもらえるかも知れない。俺はそう思ったが現実は厳しく、やっこさんらも保存食で飢えをしのいで食いつないでいるらしい。

 俺達は落胆しながら、しかし相手方の要求を受け入れた。助けは人の為ならずと言う奴だ。

 本音を言えば、家畜か畜肉でも貰い、文字通り夢にまで見たタルタルステーキでも作って食べたかったが、無いものをねだっても仕方が無い。しかしあの畜肉を包丁で叩き、叩き、叩き続けてタルタルステーキにする感覚は夢と言えど忘れられない。

 しかしたった数人の遭難者、それも保存食で飢えを凌いで食い繋いで生き延び、それこそ全滅寸前だっただろう。俺達が発見しなかったら飢え死にして生存者無しの船が宇宙を漂っていたかも知れないし、更に言えば船員に因る共食いが発生していたかも知れない。

 俺達は互いに互いの目を見合わせると、牛刀や麺棒やフライパンを用意し、たった数名の遭難者が乗っていると言う小型の宇宙船を快く出迎えた。

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