第三百八十六夜『取材旅行-the threads-』

2023/07/09「陰」「魔女」「伝説の才能」ジャンルは「SF」


 ネタが無い。アイディアが無いし、初めのとっかかりも一文も思い浮かばない。

 一つ誤解しないで欲しいのだが、私が今この様な事態じたいおちいっているのは私のせいではない。周囲の、それこそ地球環境のせいだ。

 私は普段、カフェや飲食店やソーシャルネットサービスで人間観察をしてネタ出しをしている。何気ない会話や、身内の噂話うわさばなし、もしくは刺激的なスキャンダル、そして気が大きくなってプライバシー情報をコロッと喋ってしまう人間……言えない様な事や、言ってはいけない様な内容を失言してしまう等の人間こそ、私の大好物なのだ。

 西に自分の通う学校を泥棒だとののしる者が居れば、その学校の教師を全員プロの泥棒にして、泥棒の養成を行なう学校と言うていの作品を書いた。東で自己中心的つ差別的で侮蔑的ぶべつてきな発言で炎上した人が居たので、その人がモデルのキャラクターが事故で被差別者になると言う作品を書いた。北で他人を犯罪者だの魔女だのと呼んで迷惑行為や誹謗中傷ひぼうちゅうしょうをしている集団が居たので、その一連の犯罪行為を鮮明に作品に書いた事もある。南に私の作品を剽窃ひょうせつした人が出た時には、喜び勇んで取材を行ない、その人物の一挙一動をプライバシー侵害にならない程度に脚色きゃくしょくし、完成した作品をどうぞ盗作してくださいと本人に電子メールで送ったり、ネットにばらまいてやった。

 とにかく、私の創作行為や創作意欲は観察対象に依存するものであり、私の内から湧き上がる物ではない。家に缶詰になっていても、私の様な人間は何も書けないのだ。故に、この状況は私に原因がある訳では無い。

 そもそも何故書けない状況が地球環境の事かと言うと、今の地球には人間が減ってしまったからだ。


 ここ数年、宇宙開発が急激きゅうげきに進展した。その背景には戦争と食料問題の影も有った。即ち端折はしょって表現をするならば、地球なんかに居られるか! と声を挙げる人間が増えたと言い換えられる。

 勿論もちろん宇宙に逃げた先に新天地がある保証など無いのだから、その様な声は極少数だった。しかし、私が今話しているのはロケットや人工衛星じんこうえいせいの開発ではなく宇宙開発だ。宇宙局は人類が移り住める事が可能な、空気も水も有る新天地を見つけ出して見せたのだ。

 そこから先は、もう大混乱だった。人々は我先にと新天地に向おうとする者、例え暮らしにくくなったと言えど地球の方が良いと力説する者、自分たちの開発したロケットであったり異星での生活を支える諸々の製品が如何いかに素晴らしいか宣伝する者、労働力や住居者を逃がしたくなく遺憾いかんの意を示す者……それこそ地球の終わりであるかの様な大騒ぎが起こった。


 私は住み慣れた地球をはなれる気分にもなれず、居残る事を選んだ。ゆるやかに悪化する生活に恐怖を抱かない訳でもないが、新天地での生活に自分が適応てきおう出来る気は全くしなかった。

 事実、新天地からは向こうの生活に慣れる事が出来ずに地球に戻って来る人が少なからず居り、彼らの言う事には向こうの生活は地球に比べたら不自由そのものだったらしい。

 この報告を聞き、私は内心ほくそ笑んだ。体験談、感想、スキャンダル、不平不満……かつて地球に有ったが、新天地に移り住んでしまったものが地球に戻って来たのだ!

「このボロボロの古巣を出て、向こうへトンボ帰りの取材に出る事も考えていたが、まだしばらくはその必要は無さそうだな」

 私は新天地の居住施設きょじゅうしせつ指導者しどうしゃを罵る人々の言葉に耳をかたむけながら、幸福感にひたってメモを取った。

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