第三百八十五夜『呪いの品、売ります-jinx-』

2023/07/08「闇」「扉」「意図的な中学校」ジャンルは「王道ファンタジー」


 インターネット上のフリーマーケットに異様な物が多数出品されていた。こえらの出品者は一人の人物で、内容はバラバラなのだが、いくつか有る共通点の一つは相手を呪うと言う物だ。


 一番の売れ筋は呪いの藁人形わらにんぎょう。これに憎い相手のフルネームを名付けていたぶれば、その相手に危害が及ぶと言う代物らしい。

 またある商品は呪いの石。外見は何の変哲へんてつも無い石だが、これが置かれた土地の所有者は子々孫々ししそんそん末代に至るまで苦悶くもんの死を迎える事が確約され、それ故何の変哲も無い石と言う外見がカモフラージュの機能きのうを成しているそうだ。

 他の商品もセールストークが力強く、そして売れ行きも良い。呪い返しを行なう塩にお札やお守りに鏡……コレ一つ家のドアにっておけば呪いの道具の効果をねのけるすぐれものらしい。

 しかもこれらの呪いの品も、呪い返しの品も、それこそ小中学校に通う子供の小遣こづかいで買える程度の値段で提供されており、その事も相まって売れ行きが良い様だった。

 凶器のたぐいを売るだなんて公序良俗こうじょりょうぞくに反するのではないか? と、そう言う声も聞こえてきそうだが、そこは注意書きに『絶対に悪用しないでください』と念押しが書いてあった。なるほど、これは包丁や手斧と同じで、凶器ではなく道具だと言うていで売っているらしい。


 一つ興味深いのは、一つ一つの商品にそれらしい補遺ほいが付いている事だ。例えばこの呪いの灰には製法と起源と歴史が記されており、いわく、これ中世ヨーロッパにおこった呪術で、毒蛇の死体を焼いた灰を敵対者の家の土に混ぜれば人間も家畜かちくもペットも母子ともに健康な出産が望めなくなると言う。そしてこの呪術に関する資料の題名もっており、調べてみたところ、実在する書物と言う事が確認できた。

 同じく厄除けの札に書かれた呪文に関しては、呪い返しである事と悪用してはいけない事に加えて書かれている補遺は以下の通りだ


―――――

 この呪文は元々古代メソポタミアで敵対者を退ける呪文として考案され、二世紀のローマで現在の形に成文化された。

 六世紀の頃から旅人の無事を祈る護符ごふとして活用される様になり、解熱や厄除けの呪文として扱われる様になった。

 二十世紀以降では『我が眼前からく消えよ』と言う意味で使われ、手品師や呪術師の間で定番の呪文として扱われる様になった。

 また、同じく二十一世紀では魔法学校の間でこの呪文は禁術として扱われる様になり、自己防衛以外の目的で用いた者には終身刑となると制定されたのは記憶に新しい。

―――――


 つまりこの出品者は本物の呪術師かどうかはさておき、呪術や歴史やサブカルチャーについて詳しいと言う事は疑う余地が無い。これが全て嘘やハッタリだと仮定するならば、自分の呪い一つ一つに歴史的背景を捏造ねつぞうし、実在する書物にその存在を確認できると言い張っている事になる。そんな暇を持て余した狂人等、存在して欲しくは無い。

 だが、ここで一つ疑問が思い浮かぶ。本来呪い返しと言うのは、呪いをかけた本人が呪われる事を指す語だ。ならば呪いの品物を買って使った人が呪われると言うのは理解出来るが、冷静に考えると呪われるのはこれらの元締もとじめたる呪術師では無いだろうか?

 少なくとも一般的なメーカーであれば、何か商品が理由で欠陥けっかんやトラブルが見受けられたら問い詰められるのは消費者だけでなくメーカーでもある筈だ。これが呪術だと言うなら、責任の所在はどこへ向かうのか?

 呪いは法的には脅迫きょうはくであり、そして不能犯だ。『お前を呪い殺してやる!』と言ったら加害の意志が有ると見做みなされるし、『呪いをかけてただけです!』と言ったら、何の危害も無いたわむれだと見做される。ついでに言うと、木の幹に藁人形を打ち付けたら騒音のかどで軽犯罪や傷害罪に問われるし、不法侵入や器物損壊にもなる。

 つまりは法律的には呪いをかけた消費者が罪に問われて、フリーマーケットの責任者や呪術師本人には罪が及ばないと考えられる。もしこれを狙っているなら、この呪術師は良い性格をしていると言える。

 しかし、私は考えている内に一つのアイディアに行きついた。ネット上のフリーマーケットは出品者と落札者が交渉こうしょうをする場であるが、それは場を提供するだけであって責任の所在は利用者一人一人に有ると言う物だ。

「いや、まさかな……」

 どうでもいい事を考え付いてしまったが、これは私にとっては本当にどうでもいい事だ。事実、私には呪い殺したい相手なんてものも存在しない。

 嫌な想像をしてしまった時には、気をまぎらすに限る。そう考えて、私はテレビの電源をける。

 テレビは夕方のワイドショーで、暴力団がインターネット上のフリーマーケットをマネーロンダリングに使っていた事を報道していた。

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