第三百八十三夜『スコッパーと言う生き方-sock puppet-』

2023/07/05「人間」「破壊」「見えない遊び」ジャンルは「ギャグコメ」


 穴を掘り、穴を掘り、穴を掘る。しかし視界にあるのは一面砂ばかりで、いくら砂を掘っても世紀の大発見も、石油も、古代人の遺跡も、一粒の砂金すら見つからない。見つかるのは精々観光客が捨てたゴミ位のものだった。


 事の経緯は次の通りだ。まず第一に俺は、砂丘でトンデモない物を見つけた知人の自慢話じまんばなしを聞いた。何でも砂丘を観光がてら童心に帰って砂の上から滑り降りたら、足を何かを引っかけてすっ転んでズボンのひざ部分を派手に破き、何事かと思い砂を掘って見ると大金の入ったボストンバッグが出て来て、それからちょっとした時の人になったらしい。

 この話を聞き、俺はひどうらやましく感じた。大金を偶然ぐうぜん見つけた事ではない、偶然にも砂の中に埋もれていた思わぬ大発見をした事を胸を張って楽しそうに話している事がだ。

 俺も思わぬ様な大発見や幸福を味わってみたい……いや、正確にはその様な体験を、成功を大音声だいおんじょう挙げて喧伝けんでんしたい! その様な功名心こうみょうしんにも似た感情が沸々ふつふつき上がり、最早自分で我慢が出来なくなってしまった。


 俺はその様な野心を抱き、砂の海をひたすらに掘ったが、何も出て来なかった。

 別に俺は大金持ちになりたいとか、博物館に永遠久遠に名前を残したい訳でも無く、なんなら知人と同じく現金の入ったボストンバッグを見つけたら、それを全額寄付したっていいのだ。俺は自分の自己顕示欲じこけんじよくさえ満たせれば、それだけで充分だった。

「どこかに、掘れば必ず世紀の発見でもある様な場所さえあれば良いのにな……」

 俺はそうつぶやくと、今日の発掘作業をあきらめ、掘り返した砂をスコップを使って埋め直した後、スコップをしまって取ってある宿へと戻った。


「な、なんだこの石板はー!?」

 俺はあらん限りの叫び声を、それこそすぐ近くに人が居たら猿叫えんきょうとしか思えない様な叫び声を挙げておどろきを示した。事実、俺の驚きの叫び声は、周囲の観光客の注意を集めた。

 何せ俺が発見したのは、どこからどう見ても古代人の記述が残されたと思われる、昨日今日作られたかの様に綺麗きれいで保存状態も良好な石板だったのだ。驚きの声を挙げるのが自然と言う物だ。

「読める! 読めるぞ!」

 何せ俺はこの日のために、この土地でかつて使われていた古代の原語を文字から文法に至るまでをしっかり勉強していたのだ。しっかり勉強した事が役に立ったのだ、声を荒げて興奮こうふんした様子を示すのが自然だろう。

「こ、これは古くから現代まで伝わっている有名な詩だ! 技術レベルをかんがみるに、この石板と文字は数千年前の物だ! ひょっとしたらこの石板こそが、この詩のオリジナルなのかも知れない! これは世紀の大発見かも知れないぞ!?」

 俺は酷く興奮した状態の声を示し、何だ何だと寄って来た観光客達のために大声の説明口調で語った。気分は高揚こうようし、酒も無いのに酩酊した様な気分だ、声が大きくなるのも自然と言わざるを得ない。

 周囲の観光客は初めは俺の事を胡乱うろんなものを見る目で見ていたが、俺の言っている内容と発見物の内容が合致している事を認めると、途端とたんに俺を世紀の発見者を見る様な目で見始めた。何せ俺は古代の石板に見える様な物を掘り出し、その石板に書いてあった古代語を解読してみせ、その石板と古語から想定される年代を割り出した凄い人間なのだ。ちやほや賞賛されるのは自然な事だ。

 ところでこの石板だが、俺の手製てせいだ。俺はこの石板を作るために古代の様式を一から学び、古代の言葉遣いに齟齬そごが無い様に現代語訳を中心に完璧かんぺきに勉強し、現代でも再現できる道具で古代の筆記具を用いて石板につづったのだ。この仕込みは大変苦労したし、費用も可愛くない額がかかった。しかし俺が受けた賞賛と高揚感を思えば、こんなものは小銭に過ぎない!

 スコップを掘って確実に大発見をする方法は、自らが大発見の対象にー即ちこの場合は古代人―に成りきって自ら古代の遺物いぶつを埋める事だ。古代人に成りきるのには、それはもう大変なりょうの勉強を要したが、甲斐かいが有って自分が思った様に見事に事が運んだ。

 それだけの学があるなら、その分野で働けば良いではないか? それは努力の方向音痴ほうこうおんちと言う奴ではないか? と、もしも俺が自らの行いを告白したら、そうたずねる人も居るかも知れない。だが、考えてみて欲しい。その分野の一人者になったら思い出した様にちやほやされる事もあるだろう。しかし大抵の人は努力をしてもちやほやされる事はそうそう無い。

 それならば、ボロが出ない様に必死に勉強し、自作自演で大発見をした方が自らの虚栄心きょえいしんを満たせて良いのではなかろうか?

 俺はそう自分で自分を鼓舞こぶしつつ、次に自分がスコップで掘り当てる物を創り出すべく、専門分野の勉強をしている。何せ折角スコップで掘り当てても、勉強して作った物でなければ、それは観光客が砂丘に捨てたゴミと何も変わらないのだから。

 それでも時々、勉強の最中だったり、あるいはスコップで砂を掘っている最中だったり、俺は訳の分からない気分におそわれている……

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