第三百八十一夜『特別なあなただけに……-the gull-』

2023/07/03「光」「テント」「激しいカエル」ジャンルは「大衆小説」


「だからそれは詐欺さぎだろ! 前も似たような話に引っかかったのを覚えてないの?」

 野営用の天幕てんまくの中、短筒たんづつを下げた男が歩兵用の剣をいた女性をちょっとした剣幕けんまくで攻めていた。

「ごめんね。お店の人の話を聞いていたら、どうしても欲しくなっちゃって……」

 そう言う剣を佩いた女性の手に収まっていたのは、丁寧に加工をして根付になったカエルのミイラ。外見は土気色で、カエルのミイラ以外に形容するすべが思い浮かばず、平たく言って根付や小物としてよろしくない外見だ。

「ええと、ユウさんは一体どの様な動機どうきと目的でその様なカエルのミイラ? の様に見えるストラップ? をご購入こうにゅうされたのですか? わたくしの様な無学のにも理解出来る様に説明して頂けると大変うれしいのですが……」

 剣を佩いた女性が言う事には、このカエルのミイラは市場の露店で見つけた物で、露店の店主は『あなただけに』『他人には教えたくない』『持っているだけで幸福が訪れる』『ぼう光の教団のお墨付きの品物』と、そのカエルのミイラに関する話をつらつらと話されて、気が付いた時にはどうしても欲しくなってしまっていたらしい。

「今時そんな、自分は詐欺師ですよーみたいな売り文句で商売してる人間が実在した事に俺はビックリだよ!」

 短筒男は天を仰ぎ、大仰な仕草でなげいて言った。

「いやね、俺もユウのお金の使い道に口出ししたい訳じゃないよ? でもさ、露店で買い食いとか買い物でもした後合流しようで、予算を全部使い切るのはちょっとどうかと思うんだ。うん、別に俺は飢えて指でもしゃぶってろ! とか、そんな事を言う積もりも全然無い。でもそんな分かりやすい詐話さわに騙されるのは、本当にどうか思うんだ」

 短筒男の言葉にうそいつわりは無かった。彼は自分では言葉を選び、相手を傷つけまいと注意をしての発言だったが、彼の言葉を聞いている剣を佩いた女性は始終申し訳無さそうにしていた。


「決めた! うち、金輪際こんりんざい詐欺には引っ掛からない!」

 翌日の事である。昨日とは打って変わって飲食店の屋根の下、剣を佩いた女性は陰鬱いんうつとした表情からキリリと鋭い表情に顔を変え、まだ料理が来る前の食卓の上、握り拳を宙に向って示して見せた。

「うん、それは良い心掛けだと思う。人間そう言う意識改変って結構大切だと俺は思うよ?」

 同じ食卓に着いている短筒男は昨日の自分に嫌気がさしているのか、肯定的かつポジティブな態度で剣を佩いた女性に向けた。

「それじゃあ料理が来るまでの時間でちょっと詐術の勉強でもするか? こう言うのは自分が詐欺師になりきって話をするのが一番勉強に……」

「いいえ、見てください! ユリウスが居ない間に本屋さんの露店で買って来ました『絶対に騙されなくなる教本』!」

 短筒男の言葉をさえぎって、剣を佩いた女性は手荷物から厚い本を取り出して見せた。

「ほう、やる気満々だね」

「そうでしょう、そうなのです! 何せこの本、すっごく高かったからね!」

 自信満々に胸を張って言う剣を佩いた女性に、短筒男は頭を抱えて黙り込んだ。

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