第三百七十夜『創作で最もやってはいけない事-tomorrow never comes-』

2023/06/20「森」「指輪」「最速の小学校」ジャンルは「ギャグコメ」


 俺には素晴らしいアイディアがある。素晴らしいアイディアがあるのだが、それを実行するだけの実力が無い、なのでまずは勉強をする事にする。なにせアイディアはたくさんあるのだ、いつの日か実力がついたら誰もがあっと驚くような物を作って見せよう。


 まず、俺は実力をつける創作論に関する資料を読む事にした。なるほど、創作と言うのは自由にやって良いのだと思っていたが、やってはいけない事があるらしい。

 まず第一に擬音ぎおんを安易に使ってはいけないらしい。

 なるほど、確かに文章でドカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン! とか、キンキンキンキン! と言った表記をすると、安っぽく感じられる。そもそも擬音にたよるなら絹を裂くような叫び声だなんて表現は使い得ないのだから、もっともである。俺はこの事を心に深く刻み、資料を次へと読み進める。


 次に、小説の冒頭に世界設定をくどくどと書くのは好ましくないらしい。

 なるほど、確かに言われてみれば、俺が読んだ多くの作品は冒頭で世界や社会の成り立ちを書いてある作品はほぼ存在せず、多くの説明は闖入者ちんにゅうしゃ記憶喪失きおくそうしつと言う舞台装置を用いて行われている。

 これが冒頭から、『この物語のラダマ帝国の成立と歴史は以下の通りである。かつてラダマは肥沃ひよくな森と水場が有るばかりの土地であったが、それ故多くの人達が足を運び、自然と集落へと発展。中継地点として多くの人が足を運んで貿易の要を経て貿易商達の都市と呼ばれる様になった後に一種の都市国家を樹立する事になる。都市国家と言う形態にも関わらず傭兵ようへいと言う形で正規軍の様にようするいびつな形の国家運営をしていたが、共和制による政治形態は限界を迎え絶対的指導者の元に政治を行なう法案が可決、初代国王ウルズ・ミスラ=アカシアの誕生である。その後国王の指揮の元ラダマ王国は勢力を増して増長し、周辺の民族をまとめ上げて帝政に移行。この頃になると双角皇子ニコラ・ボルラス=アカシアが権力を有しており、ウルズ国王と異なり好戦的なニコラ帝は積極的に異民族を討ちほろぼして領土とする事をいとわず、この事に異を唱える家臣、クラタ・トシロウの物語りである……』等と語り始めたら、文章そのものが分かり易くとも、テンポが良い文章は言い難いだろう。

 少なくとも俺は、小学校の図書室に置いてあるのはテンポが良くて早く読める本だと思う。俺はこの事に感銘かんめいを受け、資料の次の項目を読むことにした。


 次に、世界観とネーミングを守るべきとの事だ。

 なるほど、キリスト教の存在しない世界にクリストファーキリストを担いて運ぶ者なんて名前が存在したら、お前の名前は一体どこの誰に由来するどこの馬の骨なんだ? と、疑問を抱かざるを得ない。キリスト教が存在しないにも関わらずクリストファーが存在し、クリストファーこそが異世界人だったと言うならば、それはそれでありかも知れないが、今の俺には到底扱える物ではない。

 他にも周囲の登場人物の名前がダイアナとかエルメスとかマルスと名乗っている所で、vだのと言う名前のキャラクターが突っこんで来たら、異物としか思えず気になるだろう。せめて命名にルールを作って出身をはっきりさせるべきだ。

 例えば中つ国にアフリカ人がアフリカ人ぽい名前で登場したら、指輪を捨てる前に本を捨ててしまう。俺はこの事を肝にめいじ、資料の次の項目を読む。


          *     *     *


 俺は創作論に関する資料を読み終えた。どの項目も初めて知る事ばかりで、まさに目からうろこと言ったところだ。

 しかしまだ足りない。俺は俺が如何いかに無知であったかと言う事を思い知っただけで、全然実力が無い。

 だがしかし、素晴らしい、最高の創作論の数々を身に着けたのだ。俺は確実に成長したと断言出来よう。

 

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