第三百六十一夜『自由自在のキャラメイク-Realistic Exemplar-』

2023/06/10「北」「裏取引」「最速の幼女」ジャンルは「指定なし」


 何でも今現在はMMORPGモノ作品なる物の需要じゅようが高いらしい。しかし困った事に、私はMMORPGの経験こそあるが、MMORPGモノを読んだ事は数える程しかない。

 こう言う時は、資料集めないし取材と決まっている。丁度今、私の手元にはUniversal Sea Ordeal 8 Online Operation、通称USO8OOのソフトがある。これは新作の多人数同時参加型大規模オンライン専用ロールプレイングゲームであり、この取材を行なうにはまさしくピッタリだと言えよう。

 私はヴァーチャルリアリティゴーグルを装着し、コントローラーを手に取ってUSO8OOの世界を体感する事にした。


 世界観を説明する、台詞せりふの無いムービーが流れる。このムービーではキャラクターは何かを言っているかの様に口を動かすが、まるでサイレント映画の様に、その口からは何の声もしないのだ。余計な語りや説明台詞を大幅にカットする手法か、なるほど興味深い。

 声のしない登場人物らは主に街に配属された国防軍の様で、古代から中世ヨーロッパ然とした攻城兵器に果敢に対して魔法まほうや石弓や原始的な銃で応戦するも、両軍の被害が肥大するばかりで戦火は収まらず、死者をとむらひまも無く街は火の海となっていた。なるほど、この映像はこの世界には魔法や銃が存在し、しかし魔法は死者をよみがえらせる事は出来ない事を語っている。

 火の海となった街から民間人の子供が脱走し、船に乗って外の世界へ乗り出したところでUSO8OOのタイトルロゴが表示される。

 そして字幕が月日の経過を知らせ、先程の脱出のシーンと同じ型の船の一人称視点へと視界が変わり、船頭らしいキャラクターが名前を尋ね、キャラクターメイキング画面に視界が切り替わった。なるほど、私は先の戦争の経験者を演じろと言う事か。

 これはあくまで取材であり、このゲームを長くプレイするかはこれから決める事なのだが、もしもこのゲームにハマって長くプレイするハメになったらテキトー極まりない私の分身を使い続けるのは気が重くなることだろう。私は自分のアバターを、自分の姿にそれとなく似た姿に作って決定ボタンを押す。

 私は船を下ろされ、先程の映像に登場しなかった都市の真ん中で解放された。自分が演じるキャラクターを指して、私と言うのはおかしいと思うかもしれない。しかし、このヴァーチャルリアリティゴーグルをかけていると、実際に架空の街の真ん中に居るかの様な感覚を覚えるのだから仕方が無い。

 私はコントローラーを操作して、見知らぬ街を探索たんさくする。土や鉱石を運ぶ労働者、金属音きんぞくおんひびき蒸気を上げる工房、声を挙げる仕草をするが声のともわないノンプレイヤーキャラクターとおぼしき市場の人々……

 ヴァーチャルリアリティの世界と言うと、サイエンスフィクションの様な広場を想像したが、これはむしろスチームパンクの街に近い。

 さて、一般的にゲームと言うと、画面切り替えや画面はしに地図が用意されている筈だ。そして地図のボタンを押すと、私自身が地図を広げて街の目的地を指差すのが見えた。なるほど、これはゲームでヴァーチャルリアリティだ。そしてボタンを押して地図をしまうと、腕に付いた端末たんまつか腕時計の様な物がデジタル時計と簡素かんそな地図を示しているのが見えた。

 私はゲームの地図が導くままにコントローラーを動かして北へ移動すると、そこは職業しょくぎょう訓練所くんれんじょだった。この世界の職業訓練所は役所をねており、ここで諸々の登録と生きる術の習得を行なうらしい。

 窓口には他プレイヤーらしき声のするキャラクターが複数居たが、私が近づくと半透明の霧霞きりかすみの様になり、衝突しょうとつせずに済んだ。ゲームの中でも役所で待たされるリアリティなど不要と言う事か。

 窓口のノンプレイヤーキャラクターが言う事には、この世界には職業選択の自由があり、しかしゲームらしく格闘家かくとうかや猟師と言った職業が料理人や鍛冶かじ職人しょくにんと言った職業と同時に存在していた。

 そして窓口いわく、全ての人は持っているらしい。試しに窓口の前で何かを悩んでいるらしき他のプレイヤーを注視する。すると注視のボタンを押した途端とたん、彼女の頭上に吹き出しの様な物が表示された。


          *     *     *


名前:マーガレット

レベル:1

ジョブ:勇者


技能:

毒物の心得1

人肉じんにく嗜好しこう1

忍び足1

…………


          *     *     *


 これはひどい。彼女は勇者を志していたが、先天性の才能とやらは勇者とは真逆の物と言わざるを得ない。

 私は私自身にも同じ事を試みたが、なるほどすでに技能が三つ、勝手に割り振られていた。恐らくはキャラクターメイキングの時の一挙一動に応じてないし無作為に行われたのであろう。

 例えばこれがゲーム慣れしたプレイヤーならば、毒薬の取り扱いに特別秀でたキャラクターを作り上げ、人間が正面から戦っても敵わない猛獣もうじゅうを倒す事に尽力したりするだろう。しかしこの様に勝手に技能スキルを習得していては、職業選択をそれに沿った物にせざるを得ない……プレイヤーが一つの職業に集中するのを防ぐ施策せさくとしては興味きょうみぶかいが、先程のマーガレットさんの様に特定の職業を希望していると思しき人には酷な話である。

 窓口のキャラクターから色々レクチャーを受けていると、窓口に新しく他プレイヤーらが来た。しかしそれははっきり言って、異様な光景だった。

 外見は身長百三十あるか無いかと言った女性で、顔も童顔どうがんかみは腰まで届く亜麻色の長髪ちょうはつ、耳は横にとがっていて、いわゆるヒトヒューマンでない事を表していた。そんな事はどうでもいい、それが数十人、統率の取れた軍の様に窓口へと規則的に歩いて来たのだ!

 何事かと思い、小柄なキャラクターを注視すると、そこに表示された情報を見てに落ちた。


          *     *     *


名前:ああああ

レベル:1

ジョブ:未定


技能:

努力1

不屈ふくつの心1

幸運1

…………


          *     *     *


 この現象を私は知っている、あれはいわゆる業者キャラクターと言う奴だ。貴重なゲーム内アイテムやゲーム内マネーをかせぎ、現実の金銭と交換する。或いは優秀ゆうしゅうなキャラクターを作り、キャラクターをゆずる代わりに金銭を要求する。そう言った規約きやく違反いはんないし規約の穴を突くビジネスを行なっているのだ。


 私はヴァーチャルリアリティゴーグルを外し、パソコンの前に着いた。取材はまだまだこれからと言ったところだが、私の心は急激にしぼんでしまっていた。

「全く……才能を金で買える世界も、才能通りの就職しゅうしょくしか出来ない世界も真っ平ゴメンだね」

 私はあの世界で最初に遭遇そうぐうした他プレイヤー、マーガレットの事を考えながら、誰に言うでもなくそうつぶやいた。

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