第三百五十六夜『人工追放刑-ostracism-』

2023/06/05「夜空」「終末」「家の中の流れ」ジャンルは「時代小説」


「人工知能の書く小説はあなたの仕事ほど質が良くないが、我々として人工知能がもたらす利益率を無視できない」

 そう相手方から言われた作家が居た。そして事実として、彼は二度と仕事が舞い込む事は無かった。別に彼は小説が下手な訳では無い、むしろ小説が上手いからこそタダ同然でコキ使える人工知能に仕事をうばわれたのである。

 勿論もちろん、この様な出来事は一件だけではなかった。何せ人間は他人をズルをするのを見れば、なあなあ態度たいどで私も僕もとマネをする生き物なのである。多くの作家が仕事を奪われ窮地きゅうちおちいった。

 しかし作家も指をくわえて黙ってなどいない。プラカードに思い思いの文句を書き込みデモに出た。

『出版社は作家を大切にしろ!』

『ミンメイパブリッシング社の出版物は著作権を有していない! 故にコピーし放題!』

『文章の引用をしたのだから、原稿料げんこうりょうと印税を払え!』

『出版社は著作者人格権を侵害している!』

 もうこうなると、出版社側もすずしい顔をしてはいられない。作家達は威力業務妨害いりょくぎょうむぼうがいかどでしょっ引かれてしまった。

 この時代ともなると、威力業務妨害は大罪であった。何せ実害が出るし、金銭的にも機会損失の面でも不利益を被るのだから当然である。もしも『威力業務くらい許してやろうよ』と寝言を言うやからが居たら、その人は自分の食事や商品をくそをした後の洗わない汚い指で突っつかれる等の私刑を受けるだろう。何せ威力業務妨害とは、そう言う物なのである。

 これにほとほと困ったのは司法の現場である。何せ下手人達は徹底抗戦てっていこうせんかまえを解かないし、原告は被害者面で居るし、世論や輿論よろんは被告を許してはいけない積もりでいるし、下手に被告達に甘い顔をしたらどうなるか分かった物ではない。裁判所は無能で威力業務妨害はり得の軽犯罪として認知され、裁判所に強盗に入り『判例法に照らし合わせるならば、私は無罪放免になってしかるべきですよね?』とインチキ弁護士の様な事をのたまう輩が出て来るのは想像にかたくない。

 故に、裁判所は下手人らを表向きには重く罰せざるを得なかった。すなわち、火星への追放刑である。二度と生きて地球の土をむ事は出来ない代わり、火星での生活を保障すると言う内容だ。

 作家達は自分達が悪者にされて留飲りゅういんが下る事は無かったが、出版社は自分達が追放した作家達が二度と地球を訪れる事が無い事を知って大喜びだった。更に言うと、作家達は自分達が悪者にされた事に納得してないものの、生活が保障される事、衛星えいせいを通じて執筆環境そのものは今までのままである事には不平は無かった。中には忌々いまいましい地球の出版社に三行半みくだりはんを突きつける事に成功し、さわやかな表情をしている者すら居た。


 さて新天地で暮らし始めた作家達だが、これが住めば都と言う物。生活の保障がされているし、書かねばならないと言う重圧も無い。強いて言うならば、書かねばならないと言う重圧が存在しない事が最大のネックだろうか? いやいや、衣食住が保障されていて自由な時間で書く事が出来るのだ、こんな良い暮らしは他にあるまい。

 しかしある時、火星での生活に変化が生じた。ロケットで地球から移民の集団が訪れたのである。

 彼らはイラストレーターで、人工知能に仕事を奪われたからデモを起こした結果、追放刑になったそうだ。作家たちは自分達と同じ境遇きょうぐうの人々に対してあたたかく接した。


 しかし、話はここでは終わらない。しばらく後、ロケットで地球から移民の集団が訪れたのである。

 ロケットから降りて来たのは司法にたずさわる人々で、人間よりも人工知能が人間を裁く方が間違いが無くて良いと言う主義のグループがおこり、その活動の一環として法に携わっていた人達は皆追放されてしまったのである。

 何せ法律なんて物は過去の判例を頭に叩き込んでいれば、それで五割方は全て解決するし、情緒酌量じょうちょしゃくりょうの余地だの正当性の有無や法的ほうてき瑕疵かしなんて物も、全て過去のデータベースを見れば事足りる。人工知能による仕事の奪取に正当性が見受けられる事を裁判所が認めた以上、裁判所から生身の人間が軒並のきなみ追放されるのは時間の問題だったと言えよう。

 追放された人達の中には、法律家達を冷たい目で見る者も居たが、火星での暮らしはしがらみに満ちた地球のソレとは逆に居心地が良く、一言で言うときばを抜かれてしまっていたのだ。うらみ言を言う者は無く、むしろ過去の話に花を咲かせると言った様相で話しかける者は居たが、法律家達を心の底から邪険じゃけんに扱う者は居なかった。


 しかし、話はここでも終わらない。更にしばらく後、ロケットで地球から追放された人達が訪れたのである。

 ロケットに乗って追放されて来た人々は、出版業界の人間だった。誰もが携帯端末けいたいたんまつに人工知能を宿し、自由に絵画や文章を出力出来る以上、出版社は不要となったのだ。

 しかし、それでは出版社も商売上がったりである。これを権利侵害だと法廷で争ったところ、ロボット裁判官が座し、ロボット弁護士とロボット検事がしのぎけずるロボット裁判所は、出版社こそがロボット人権を侵害しており、ロボットを侮辱ぶじょくしていると審判した。なにせロボットが書いた文章に著作権が認められている世の中なのだ、ロボットは人間擬制にんげんぎせいを果たしており、法律上ロボットは人間と同じであって、法律上人間はロボットと同じなのだ。ロボットを侮辱した者は、ロボット人権侵害に問われるのは常識である。それからロボットは人間と同じなのだから、ロボット権と呼ぶのもロボット人権侵害にあたる。ましてや裁判所もロボットで動いているのだから、ロボット法廷侮辱ほうていぶじょくやロボット名誉棄損めいよきそんの罪にも場合によっては問われてしまう。

 いやはや、全くもってロボット公序良俗に反し、ロボット性善説に反する不逞ふていの輩である。ロボット自然権の精神をロボット遵守じゅんしゅして欲しい所である。

 この様に出版社の面々はロボット人権侵害で追放刑となり、恥を忍んで嫌々ながら火星まで来た訳である。

 これに対し、出版業界の人達と確執かくしつがある人達は鈍器どんきを握りしめ、頭蓋ずがいを叩き割って彼らを殺そうとした。

「その様な事をしてはいけません! 神様はいつでも見ています! そう、地球でない火星であっても!」

 そう言って作家やイラストレーターを止めたのは、出版業界の人々と同じロケットで追放された聖職者せいしょくしゃ達だった。

 何せ聖職者の仕事と言うのは、祝詞のりとを挙げる、話を聞く、聖典を分かりやすく読み聞かせる、冠婚葬祭かんこんそうさいと言った儀式を行なう……全て人工知能やロボットでも出来る内容なのだ。彼等もまた、地球から追放されて火星行きのロケットに乗せられてしまったのである。

 そして、聖職者の制止を聞き入れて武器を持つ手を下ろし、冷静な頭になったある作家は頭の中に疑問が生じるの感じ、ポツリと口かららした。

「俺と、俺らの同類と、俺らをここへ追いやった連中と、俺らをここへ追いやった元凶と、神様とその使いが火星に居るなら、今の地球には一体何が住んでいるんだ?」


 しばらく後、ロケットで地球から移民の集団が訪れた。

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